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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

日露開戦の1904年が明治37年だから~大西巨人「老母草」の一節から

  河野が、「それじゃ、お言葉に甘えて、上がらせていただきます。」と殊勝な口を利き、靴を脱して縁側に上がると、残り四人も、相次いで上がった。二番目に上がった真帆は、「お婆さまは、とてもお元気のご様子で、何よりです。」と御愛想のように述べた。老婆は、「はい、私は一八九六年の初夏生まれですから、もうすぐに八十五になりますが、仕合わせに、どこといって特に悪いところもありません」と返事した。

 真帆は、老婆の口から「西暦」が極めて自然に出たことを、いささか異様に感じたが、それ以上に、自分の観察より老婆が約十歳も年長であること(自分の見たところが老婆の実際年齢より約十歳も年少であったこと)におどろいた。真帆は、「そんなお年なのですか。とてもほんとうとは思われません。」と彼女のおどろきを掛け値なしに表明し、「一八九六年といいますと━━。」と言いさして、『日露開戦の一九〇四年が明治三十七年だから、一八九六年は……。』と頭の中で勘定していた。

 真帆が言葉を継がぬうちに、老婆は、「明治二十九年。まったく『遠くなりにけり』ですね。」とこのたびも極めて自然に中村草田男の句を引用した。

 

五里霧 (講談社文芸文庫)

五里霧 (講談社文芸文庫)

 

  ここなんかも、びびっとくる。

 これは政治学の先生がよく言うことだけれど、高校では政治経済よりも、日本史か世界史をみっちりやってきてほしい、ということがあるらしい。高校ていどの政治経済は、あとでいくらでも勉強が利くが、歴史の基礎は、若いうちにみっちりやった方がいいということなんだろう。東京都知事をやめた政治学者がむかし言っていたけれど、一七八九年にフランス革命が起こったことを知らない学生には、政治学を教えようがないという(それは中学で習うけどね)。

 上の小説は、昨日も引いた「老母草」。ただのお婆さんだと思っていた老女が、西暦で自分の生年を言い、言われた女子学生のほうも、頭の中で、それは明治何年か? と計算するのだから、大学生はその程度の歴史の知識を持っている、という前提でこの小説は書かれている。

 ぼくは、この辺は一八六八年が明治元年だから…という計算をするが、主要な歴史は頭に入っているといっそうよいだろう。

 1875年(明治8年)樺太・千島交換条約

 1877年(明治10年)西南戦争

 1879年(明治12年)琉球処分

 1881年(明治14年)松方正義が大蔵卿に就任・1882年には日本銀行開業

 1882年(明治15年)福島事件

 1884年(明治17年)秩父事件

 1885年(明治18年)内閣制度創設

 1889年(明治22年)大日本帝国憲法発布

 1891年(明治24年)大津事件

 1894年(明治27年)日清戦争治外法権撤廃

 1900年(明治33年)義和団事件

 1902年(明治35年)日英同盟

 1904年(明治37年)日露戦争 

 

新 日本史 頻出年代暗記

新 日本史 頻出年代暗記

 

  いい歳をしてこんな本を手元に置いて読み返す必要があるくらい、ぼくは高校のとき日本史をさぼったのだ。年々そのツケをでかく感ずる。英字新聞で、明治は1868年から1912年までをさすimperial eraと書いてあるのを読んで、ああそうか、と腑に落ちる始末。

 1881年(明治14年)の松方正義の大蔵卿就任は、その前の西南戦争にも、その後の福島事件・秩父事件にも関係している。西南戦争の軍事費をまかなうために国立銀行が紙幣を乱発し、インフレが起きていた。松方はこれを克服するため、日本銀行を設立、乱発された紙幣を整理する(デフレ政策)が、米や繭の価格が暴落、小作人が困窮し秩父事件へつながる(福島事件も困窮農民によるもの)。

 日本経済史のゼミに行っていたら、今ごろ何をしていただろう。どのみち、大学院進学はその頃はまずあり得なかった。

 中古パソコン店をのぞきに行こうと思いつつ、あまりひんぱんに行ってるとそこで買う羽目になるので、けっきょく動画サイトなんか見て欲求をまぎらわす。パソコンを自作しようと思うことはたまにあるけれど、もっと若いうちに趣味として始めて、スキルを身につけておけばよかったかもしれない。今やるのはちょっとリスキーか。これを見ると、できそうにも思えるが。


Beginners Guide: How to Build a Computer