俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

青春の坂道

 横浜から帰って、私は足の疲れではない、実に落胆してしまった。これは/\どうも仕方がない。今まで数年の間、死物狂いになってオランダの書を読むことを勉強した、その勉強したものが、今は何にもならない、商売人の看板を見ても読むことが出来ない、さりとては誠に詰らぬことをしたわいと、実に落胆してしまった。けれども決して落胆していられる場合でない。あすこに行われている言葉、書いてある文字は、英語か仏語に相違ない。ところで今、世界に英語の普通に行われているということはかねて知っている。何でもあれは英語に違いない。今我国は条約を結んで開けかかっている、さすればこの後は英語が必要になるに違いない、洋学者として英語を知らなければ迚(とて)も何にも通ずることが出来ない、この後は英語を読むより外に仕方ないと、[…]

 

新訂 福翁自伝 (岩波文庫)

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現代語訳 福翁自伝 (ちくま新書)

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新版 福翁自伝 (角川ソフィア文庫)

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福翁自伝 (講談社学術文庫)

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  小学校二年のとき、インフルエンザで学校を休み、これを子供向けにリライトした福沢諭吉伝を読んでいた記憶があります。このエピソードは、鮮明に覚えてるな。

 このあと福沢先生は仲間と語らって英語の猛勉強をするのですが、オランダ語と英語はきわめて近い姉妹語なので、これがじつに楽で、

実際を見れば蘭といい英というも等しく横文にして、その文法も略(ほぼ)同じければ、蘭書読む力はおのずから英書にも適用して、決して無益でない。

という発見をする、というところがこのエピソードの一応の落ちとなっています。

 同じようなことは第二外国語の学習のすすめを学生に語るときにも言える、というのは多くの語学教師が知っているでしょう。ドイツ語と英語は同系だから、きわめてとっつきやすい。あるいは、フランス語に通ずれば、英語の抽象語が語源レベルで理解できるとか。

 これがロシア語だと英語とはいささか距離があり、なかなか同じようなことは言えない。でもロシア語も英語も同じインド=ヨーロッパ語の系統に属し、molokoはmilk、bratはbrother、sestraはsister、risはrice、vodaはwater、という教え方は、できないこともないですね。最初の数週間、授業を楽しくわかりやすくすすめるために、これも多くの先生方がやっているでしょう。

 ただ、そこから一歩進んで、「ドイツ語やロシア語のように格変化する言語を学んでいる人は、構文のとり方がおのずと厳密になり、英文を読ませても正確」といった話をするとなると、これはなかなか難しい。一度、その話をしたときのこと。「なぜロシア語を勉強すると英語ができるようになるのですか」と出席票の質問欄に書かれていました。そこには、どうしてそうなるのか純粋にわからないというより、こんな科目でぼくたちの時間を奪っておいて、いい加減なことを言うのはやめてください、といった非難のニュアンスを強く感じました。

 人生は有限です。たいていの人にとって外国語は手段に過ぎず、本業は他にあって、語学習得に生活の大半をささげる余裕はない。だから、福沢から「英語をやろう」と誘いを受けた村田蔵六(大村益次郎)が、

「無益なことはするな。僕はそんなものは読まぬ。要らざることだ。何もそんな困難な英書を、辛苦して読むがものはないじゃないか。必要な書は皆オランダ人が翻訳するから、その翻訳書を読めばソレで沢山じゃないか」

と頑として承知しなかったのも、あながち愚かなことと非難できないのですね。

 英語が誰にとっても第一外国語であるような今日とは逆に、福沢にとって英語は「第二外国語」でした。そして、必要とあらばもう一つ外国語をやろうじゃないかという福沢の進取の気性こそがわが国の英学/英語研究の発端となった。しかしそれはこんにちの英語中心主義に結果し、めぐりめぐって第二外国語教育を圧迫している…村田蔵六の「オランダ語で読めばたくさん」論は、皮肉なことに、今日の「英語ができればじゅうぶん」という風潮に重なって見えてくる…

 第二外国語教育は、少なくともぼくのいた勤務先では壊滅状態でした。それをめぐる問題系が(微妙にねじれつつ)ここにすでにほぼ出そろっていることに、改めて驚きます。

 


青春の坂道 岡田奈々(1976) - YouTube

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