メランコリー東京~これは自惚れではない、自己肯定感だ、という話
当時を回顧すると、私の手にあったのは、英独仏という外国語の知識だけであったような気がする。曲りなりにも、これらの外国語の書物が読めるというのが、唯一の救いであったように思う。
渡部昇一『発想法』から孫引きしておこう。
二十数年前、塾バイト時代に清水幾太郎はずいぶん読んだ気がする。で、書庫やガレージの奥をひっくり返せば、その時の本は出てくるはずだが、まあそこまでする必要もないだろう。清水が、戦前の、医師を志す青少年のためのドイツ語教育に重点を置いた中学を出て、大学時代にはすでに自由自在にドイツ語の新着本を読みこなしていたことを教えてくれたのは渡部のこの本で、当時の自分は、時代からなにから条件がまるで違うのに、どこかでそのことを念頭に置いて人生の立て直しを図っていた気が強くする。
ドイツ語なら最初の大学で履修した、したけれど、身につけ損ねて、いったん「離陸」に失敗した語学は何度やり直してもだめだ。名詞の性が憶えられず、不規則変化を間違え、接続法の意味が取れない。この冬、語学の総復習をやっているが、ドイツ語には手をつけていない、というのも、また際限のない失敗の繰り返しで終わる公算が高いから。
で、フランス語はまったく読めないから、そんな自分が上掲の一節に強い賛意を憶える、というのもおかしいのだが、仕事のロシア語を見るのがほとほと嫌になったときも、英語を読めることが大きな救いだった。理屈抜きで、自然な自信があった。
誤解しないでほしいが、ここで自信というのは、人より英語ができるぞといううぬぼれのことじゃない。ぼくより英語ができる人なら、いつも周りにいただろう。そうではなく、いろいろあったが、自己研さんの方向は間違ってない、という、生き方にかかわる確信だ。これがある限り、多少の細かいことはどうってことない、と思える自己肯定感だ。
だから、変な話だが、ぼくは仕事としてはロシア語教師だったけれど、英語の学習法の話などもよく若い人たちにしていた。あの当時は講義室がそういう話題のアウトプットの場だったというのはあって、勤めを辞めてからは、そこでするような話をここに書き連ねている、という面はあると思う。
ただ、自惚れと自己肯定感というのはまさに紙一重で、おおらかな謙虚さを失って尊大になってしまうと、ただの説教くさい田舎者。そこのところ、どうにかギリギリという感じ、かなり危ういかもだ。complacent, self-satisfied, philistineという形容を免れるためには、絶えず勉強するしかない。