若葉のささやき~「語根」という言葉の思い出
「わたしは泳ぎよりも、水にもぐる方が得意なのよ!」とミイコが言ったので、ダル・ヴェーテルはふたたび眼を丸くした。
「だって、わたしの先祖は日本人なのよ。昔、部落全体の女が一人残らず海にもぐって、真珠や海草をとっていた時代があったことは御存知ない? その職業が代々うけつがれていくうちに、千年もの間に、その人たちはすばらしい潜水技術を編みだしたの。その技術をたまたまわたしが受けついでいるということだわ」
「考えてもみなかった……」
「海女の遠い子孫が歴史学者になるなんてことを? わたしたちのところにはむかしから伝説があったんです。いまから千年以上も前に、ヤナギハラ・エイゴローという日本人の画家がいましてね」
「エイゴロー? それがきみの名前?……」
「今では、気に入った音の組み合わせで名前をつけるという習慣はほとんどなくなってしまったけど、でも、いまでもみんな、自分の先祖が属していた民族の使っていた言語のなかから言葉を選び出して、それを自分の名前にしているでしょう。あなたの名前だって、きっと、ロシア語の語根からとったものでしょう?」
「その通りです! しかも語根なんてものではなくて、単語そのものですよ。ダルというのは贈物のことで、ヴェーテルというのは風のことです……」
語根という言葉はなつかしいというか、むかし、言語学というものをやろうと半ばカン違い気味に思っていた身としては、こんなところで出会うとは…と感慨がある。
というか、もっと鮮明な思い出は、サッカーチームの名前に関することだ。北海道にサッカーチームがつくられ、「コンサドーレ札幌」と名前が決まったとき、ぼくは、ラテン語はまったくダメなのだが、それでもラテン語の語根がどこかに入っているはずだ…と思い込んでいた。ところが、地元TVのニュースを観ていると、「『どさんこ』をひっくり返して…」という説明だったので、こっちがひっくり返ってしまった。
大学のせんせーになりたてぐらいのころ。まだいろんなしがらみがなくて、比較的自由だった。地方の小さな大学では「研究環境」と呼べるような基盤はなくて、5年、10年かけて本を集めるところからはじめるしかないと思っていた。けっきょくそこにぼくはもういないのだけれど、本を集めることは続いている。明日も、洋書店に数千円振り込まなければならない。
何やってたんだろうというくらい、当時は何もしなかった。いや、ノートをとりながらずいぶん無理して難しいものを読んでいた記憶はある。
今年は、夏のうちに書庫をきちんと整理し、むかし取った研究ノートのたぐいを一回出しておこう。字にする、しないは別にして。生きているかぎり続く勉強のようなしごとのような営みの一環として。
- 作者: アレクサンドル・プーシキン,フョードル・チュッチェフ,アレクサンドル・ブローク,西 周成
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