アクアマリンのままでいて~ヴァン・ダインの英語は旧制中学生には難しかったらしいことなど
中学校の教室で使った英語のリーダーは別として、はじめて自分で買った洋書は、ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』という推理小説(そのころは探偵小説と言った)だったと思う。ヴァン・ダインの「マーダー・ケース」ものが次々と翻訳されて評判になった昭和初年のことだ。『新青年』を毎月愛読して探偵小説に夢中になり、原書で読んでみようと思い立ったわけだが、中学生の語学力ではどうにも歯が立たず、そのうちに翻訳が出たので原書の方はそのまま投げ出してしまった。
「私の洋書遍歴」というエッセイの冒頭部分。ここだけ引いとく。中学生のころに…といってもここで言うのは旧制中学だから、今の中学生と一緒にはできないが、洋書を読む、という段階に至る前に、まだ読めないのに洋書を買ってくる、という段階があるのはとても納得がいく。先日の爆笑問題の神保町散策のテレビに荒俣宏氏が出てきて、中学生のころから洋書店に通うために神保町に来ていた、と話していた。その頃から挑戦していれば、読めるようになる時期も早いだろう。
この環境が田舎にはなかったので、うらやましい。ぼくに関しては、自分のものとなった洋書の一冊目は、H・G・ウェルズの『月世界最初の人間』かもしれない。これは自分で買ったのではなく、先輩が修学旅行で買ってきてくれたのだ。これはいきなりわからない単語だらけで、はじめて読み切ったのはペンギン版で買い直して読んだ6年前くらいのことだ。
さもなくば、刑事コロンボのノヴェライズ本。これは、記憶に違いがなければ、妹がお土産として買ってきたのだと思う。今読めば何ということもない平易な英語のはずだが、大学になって読もうとしたら、やはり当時の英語力では歯が立たなかった。これは現物が出てこないが、田舎の本屋に並べてあったくらいのものだから、難しい英語であったはずがない。
あるいは、テレビドラマ『マッシュ』のノヴェライズ本。このことは以前書いた気がするけれど、読み通せなかった。あるいは、ヒックスの『経済史の理論』やアンゾフ『企業戦略論』のような、経済や経営の本。読めるはずがなかった。で、洋書を読み通す経験をしないまま最初の大学を出たのは、本当に残念だった。これが、自分は知的には偽物だ、という負い目となってのしかかる。
いつも書いていることだが、これを晴らすことができたのは、二十代後半になってからだ。英語の本を読み切れるぞ、という自己発見。これだけでも、大げさに言えば、生きていてよかった、と思った。
モギケンが「英語の勉強には多読、本をたくさん読むこと」と言うのはもっともなことだが、そう言われただけで英語の本に興味を持ち、手に取って挑戦を始める…という少年少女ばかりではないし、興味を持つ子らにすら、的確な助言や指導が必要かもしれない。まずとにもかくにも一冊読み切ること、それに尽きるのだけれど、これは跳び箱や逆上がりと一緒で、コツがつかめない者にはいつまでたっても難しい。その点を、親身に、押しつけでなく伴走してくれる先達がいる者は幸せだ。それをしてくれる生身のセンセイのいるところをこそぼくは大学と呼びたい(モギケンの言う、高校の段階で洋書三十冊という勧めは、ふつうの知力の子には過大過ぎる)。それは現在、制度としてこの国に存在する大学とはもはやあまり関係ないかもしれない、というかぜんぜん関係なかったりするのだろう。「ならば塾をおやりになったら?」とは、むかしも今もたまに言われる。
パソコンのラジコで文化放送の千倉真理さんの番組を聴いていたら、今日は立春。節分は、豆まきをやらずに済んでしまった。去年の今日は、夏用の帽子を買ったんだったっけ。待っていた通知が来て、今年も始動。
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