北24条→北18条
「僕は、いとしきわれわれの怠惰のために乾杯する! われわれは働いた一日をあまり憶えていることはない……しかし、われわれが忘れることがあるだろうか、今宵のごとき物憂き夜の、いとしき倦怠を。この煙草の煙のように間のびした夜の……『時』を遅らせる力さえあるかと見える、繊細なる倦怠を?……」
「朗読をはじめる気か?」
「いとしき倦怠よ万歳! 繊細なる無気力よ万歳!……」
札幌の喫茶店。というと〈恋の予感〉という店があった。
北大通り、18条からちょっと北あたり。終夜営業していて、哲学を専攻していた知り合いが、よくここで夜を明かしていたらしくて、それを知った時はうらやましかったな。
当時は夕方になるとビールを飲んで、早く寝ちゃう生活だったので、そんな、喫茶店で一晩読書する、といった文学的な営みには、どっちかっちゃ無縁だったんだよなあ。
いつだか、あそこに行くのが目的の一つ、みたいに札幌へ行ってみたところ、あとかたもなかった。いつか店を閉めたらしい。
マルタン・デュ・ガール『生成』は、札幌のどこかで買ったはず。100円の鉛筆書きがある。書庫から出てきて、読んでいる。
倦怠や無気力は、むろんネガティヴなものだ。好き好んでそれに身をひたすことを求める必要はないと言える。しかし、運命のいたずらで、それにどっぷり、という生活におちいったとしたら。
半分成り行きみたいにして、研究室をたたんでひとりになった、この暮らしも、もうずいぶんになる。近所に〈恋の予感〉みたいな喫茶店はないけれど、たまに上のような一節に出会うと、少し励まされる。