時代はあなたに委ねてる
年が明けた二月、彼女は消えた。ゲーム・センターはきれいに取り壊され、翌月にはそれはオールナイト営業のドーナツ・ショップにかわっていた。カーテン生地のようなもようの制服を着た女の子がぱさぱさしたドーナツを同じもようの皿にのせて運んでくるような店だ。表にバイクを並べた高校生や夜勤の運転手、季節はずれのヒッピーやバー勤めの女たちが一様にうんざりした顔つきでコーヒーを飲んでいた。僕はおそろしく不味いコーヒーとシナモン・ドーナツを注文し、ゲーム・センターについて何か知らないか、とウェイトレスに訊ねてみた。
彼女は胡散臭そうに僕を眺めた。床に落ちたドーナツでも眺めるような目付きだった。
「ゲーム・センター?」
「少し前までここにあったやつさ。」
「知らないわ。」彼女は眠そうに首を振った。一か月前のことなんて誰も覚えちゃいない。そんな街なのだ。
十年ひと昔とすれば「半むかし」前。研究室を引き払いました。
もう済んでしまったことだからいいんだけれど、それでも、思い出すことがあまりない、わけじゃないですね。とくに、今はもうなくなってしまった、あの街の、聞いたことない名前のもう名前を思い出せないホームセンターとか。そこで流れていた音楽など、思い出すんですね。
いや、記憶違いかもしれないし、いつ、誰の何という曲がかかっていたのかまで問いただされると言葉をにごすしかないんですが、90年代って、やっぱり90年代の音楽が街に流れていたと思うんだ。
そこでビールを飲むためのコップとか、机の代わりになる頑丈な板切れとか、ラジオとか、買ったような気も。
いや、オーディオは別の、リサイクルショップで買っていたでしょうか。今思えば、いくらでも新品が買えたのに、安いアンプとか、CDプレイヤーとか、スピーカーとか、買ってきては組み合わせ、たいていはがっかりするんだけど、何かの拍子に、びっくりするほどいい音が出たりするんですね。
そんなふうに、わりと自分のペースで、楽しく暮らしていたこともあったんだけどなあ。
でね、これはずっと後になってCDを買ったんだ。1995年のヒットだったと思う。なんか、あの年の7月の最終週に、スーツじゃなくてふつうの格好で講義に出て、この曲の話をしたら、若い人たちが苦笑してたのを、何となく覚えてる。みんなもう、忘れただろうけど。