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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

愛は風まかせ~少年老い易く、マクロ経済学成り難し

 ウェストファリア条約が1648年だということを知らないと、国際政治の専門家への入場券はもらえない。外交官になったとしてもダメ。インテリジェンスの世界でも、まず必ず雑談があります。中国問題の専門家と言ったら、中国の人口を聞かれる。そこで間違えると、もう絶対に話を聞いてもらえません。そういうチェックがあるんです。将来役に立つことだから、さっそくもう一回高校の教科書を買ってきて、山川出版社の問題集でやり直しましょうと言いました。そして毎年センター試験の問題はきちんとやって、常に9割はキープしておく。そうじゃないと早稲田や慶應の学生として恥ずかしいよ、という話をしたら[…]

 

  佐藤優の発言。これはもうその通りで、早稲田や慶應に限らない。地方大学の学生こそ、こうしたことを肝に銘ずべきだと思う。

 これは東京でもそうなのかもしれないが、田舎の学生同士の間では、往々にして、世の中学問がすべてじゃない、といった俗耳に入りやすい意見が交わされやすい。それはそうなので、世間に出たらそのことはいやと言うほど思い知らされるから心配する必要はない。そのとき、世渡りの経験が乏しく世間知らずなのは仕方ないとして、せっかく通った高校・大学時代に当然学んでおくべき「役立たずの学問」すらぜんぜん身についていない、というのは本当に寂しいものだ。たまに書店へ行って買ってくる本が、わかりそうで分らない悔しさ。

 経済学科というところの劣等生だった自分が、何の因果か経済・経営系の学科の学生に語学を教えることになったとき、運動部の学生と対決的になる場面があり、ひとりが「第二外国語とか、ミクロ経済学とか、何の役に立つんや!」と、まるで不当な損害をこうむったかのように食ってかかってきたことがあった。あそこを頭ごなしでなく乗り越えることができていれば、ぼくももう少し長く、大学という職場に居場所があったかもしれない。

 およそ知的な風貌をしていない人が、ここぞというところで意外な学識を発揮する、ということは、多少人生経験をふむと何回か経験する。ある保険会社の支店長は、ふだんこそまるでイノシシがスーツを着たような風体だったが、外交員の一人が、「株をやっているお客さんから相談を持ち掛けられるが、まるでわからない。今週アメリカで景気見通しが発表になるというけど、なぜアメリカの景気指標が日本の株に関係あるんですか」と頭を抱えて帰って来た時、ホワイトボードに図を書いて、マクロ経済の手ほどきをしていた。たまたまその現場を見て、本当に驚き、人の上に立つ人というのはこういうものかという気がした。IS-LMの原理が呑みこめてないと、ああ当意即妙にレクチャーできないと思った。上掲の歴史の話とはややズレるし、遠い昔の話だけれど、たまに思い出す。

 クルマ屋さんも、住宅屋さんも、それだけじゃない、経済新聞くらい読んで、顧客がそういう話題をふったときは答えられる、と言う人は多いんじゃないか。銀座のバーのママさんが日経新聞を読んでる話は、どこできいたのかなあ。

 それはそうと、iTunesStoreに伊藤つかさ「少女人形」がないのでがっかりしているところだ。


愛は風まかせ/スプライトcmソング # 五十嵐浩晃(CD音源)