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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

準ちゃんの与えた今日の吉田拓郎への多大なる影響(ハッティ・キャロルの寂しい死)

[…]英国の博識ジョン・モーレイがヂョーヂ・エリオット女史の著作を評する語にいへらく。「(上略)なべて文学の主旨目的は人生の批判[クリチシズム]をなさむが為のみと往古[いにしへ]の識者はいひけり。小説はもと文壇の一大美技とも称ふべきに、却つて屡々賤しめられて最下にその位置を占むるものは、そもそも何故ぞや。想ふに、人生の批判と見るべき小説稀なるに因ることなるべし。世に創觚者流多しと雖も、造化の文才を人に附与ふるや、配剤一様ならざるから、見識の浅きものあり、意匠の足らざる者あり、概して評を下さむに、一大奇想の糸を繰りて巧みに人間の情を織做し、限りなく窮りなき陰妙不可思議なる因源よりして又限りなく定まりなき駁 雑多瑞[しゅしゅさまざま]なる結果をしもいと美しく編いだして、この人生の因果の秘密を見るが如くにいとあらはに説明[ときあき]らめたる著作は少なし。およそ人生の快楽[たのしみ]は、その類きはめて多きが中にも、人の性の秘蘊を穿ち、因果の道理を察[さと]り得るほど、世に面白きことはあらじ。[…]

 

小説神髄 (岩波文庫)

小説神髄 (岩波文庫)

 

  ボブ・デランのCD は、どこかへまとめておいてあり、急には出てこないが、すごく聴きたくなる時がたまにある。中学生のとき、サイ&バーバラ・リバコフの『ボブ・ディラン』という文庫本を読んで以来、ろくに音楽を知らないうちからデランには変にくわしくなってしまったけれど、LPを買ったのはずっとあとのことで、そのLP『フリーホィーリン・ボブ・デラン』は今もこの隣の部屋にあって、針飛びはあるが、聴ける。

 英語のiの音が日本語の「イ」より「エ」に近いことを指摘して、「ディラン」じゃなく「デラン」が正確だ、といったことを主張していたのは片桐ユズル氏だったか。あんなふうに詩や音楽評論や英語教育論を書きながら大学にも勤めつつ、たまには在外研究、というのが優雅でいいなあ…と思ったことが自分になかったとは言えず、そう思えば、自分が一時期でも大学教師をやった、その初発の動機には他ならぬこのデランなぞが微妙に絡んでいて、あとから来た真面目で優秀な世代からすれば、ずいぶん不純なんである。

 ソローキン先生が札幌に来た時、講演は難しくてさっぱりわからなかったが、蛮勇をふるって挨拶に行き、その時、よほど「ノーベル文学賞があなたに来ますように」と言いたかったのだが、ロシア語作文が頭の中でうまくいかず、講演のお祝いと感想を述べ、ご成功を祈念しますとだけ言ったのだった。ソローキン先生はにっこり笑って握手してくれた。あれは三年前? ノーベル文学賞というと、そんなことを思い出す。

 デランは、意外でも何でもない、下馬評通りではないかな。ご祝儀代わりにベスト盤を一枚注文した。

 

ボブ・ディラン―モダン・フォークの巨星 (1966年) (Toa popular library)

ボブ・ディラン―モダン・フォークの巨星 (1966年) (Toa popular library)

 

 

 

意味論入門 言葉の使い方の科学 (詩論シリーズ)

意味論入門 言葉の使い方の科学 (詩論シリーズ)

 

 


準ちゃんの与えた今日の吉田拓郎への多大なる影響 吉田拓郎 素人弾き語り