銀河鉄道の夜
「ザネリ、烏瓜[からすうり]ながしに行くの」ジョバンニがまだそう言ってしまわないうちに、
「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。
ジョバンニは、ぱっと胸がつめたくなり、そこらじゅうきいんと鳴るように思いました。
「なんだい、ザネリ」とジョバンニは高く叫び返しましたが、もうザネリはむこうのひばの植わった家の中へはいってしまいました。
お父さんが悪いことをしていると信じたい子供はいない。
ジョバンニは、父が遠い北の海でいっしょうけんめい漁をしていると信じている。いや、ひょっとしたらそうじゃないかもしれず、世間がうわさするように海獣の密漁で獄に下っているのかもしれないが、父の潔白や勤勉を必死に信じようとするジョバンニの健気さは胸にしみる。
ぼくもかつて何度「ラッコの上着が来るよ」とさげすまれたことだろう。胸はずませて飛んで行った広場で。午後の教室で。そのたび、泣いて家に帰って、母や妹と遊んでいた。
そんなことを考えて老母と過ごす一日。テレビの音声を消す。
Night on the Galactic Railroad - 銀河鉄道の夜