読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

一九九九年のゴールデンウィークの「コステロ音頭」の思い出

「この男は、時折りなにやら言葉を口にしますが、男には男の生まれ育った地の言葉があり、私たちにも言葉があります。異国の言葉であっても、努力をすれば言葉が通じ合えるのではないでしょうか」

[…]

「それは、通詞のお方であってようやく叶えられることだ。それらのお方は、生れつき特別な才にめぐまれている。蝦夷人との場合でも、言葉はことなり、通じ合うことはなかった。が、通詞のお方たちは長年の経験で一つの言葉を蝦夷人はどのように言うかをたしかめ、それによってつぎつぎに他の言葉をあきらかにし、通じ合うようになった。それも長い歳月をかけてようやくはたすことができたもので、私たちなどにできるはずはない」

[…]

「さようでござりますか」

[…]

「それに、そのようなことを勝手にすれば、御役所からのきついおとがめをうける。異国の者に親しく接することは御法度になっている。私たちもこの異国の者の身の安全をはかることにつとめねばならぬが、みだりに親しくしてはならぬことを忘れてはならぬ。[…」」

 

海の祭礼 (文春文庫)

海の祭礼 (文春文庫)

 

  不勉強とはこのことで、いまさらこんな小説を読んでいるが、田舎にずっといるもの、情報過疎は仕方ないのよ。それを自覚して、可能な限り知識を仕入れる努力をするのよ。それしかしょうがない。

 ゴールデンウィークだ。普段から家にいるから、連休なんてぜんぜん関係ないけれど、それでも連休は連休の気分になるから、これが我ながら不思議。気温も、今日あたりはそれほど暖かくもないけれど、来週あたりは初夏と呼んでいい気温の予報が出ているから、うれしいなあ。

 今日は散髪。老母が、「髪がのびてきたじゃないの」と言ったときは、こないだ切ったばっかだよ、と返しそうになったが、たしかに伸びていて、鏡で見るとイレイザーヘッドみたいになっているので切りに行った。午後は思い立って、シャツを買いに。普段行かない洋服店の、千円の割引券をもらったのだが、その期限が四月三十日となっている。ちょうどシャツを買わなきゃと思っていたので、行ってみた。

 いつも行くところより、少し高いかもしれないが、ぼくはサイズの問題でがまんすることが多くて、今日はその点はよかった。ネクタイをしてもいいストライプのシャツ二枚。夏用の靴下三足。それで退散した。春用の、いい感じのベストが並んでいたけれど、これは店員さんにはたずねなかった。スタイルのいい人だと、五月初めくらいは柄のいいシャツの上にこんなベストを着て、ハンチングをかぶって…という感じの着こなしを見ることがある。ぼくはとうていそのセンスはなく、たいていはだぼっとジャケットを着ないと収まらない。ベストが必要な間は、冬用のを着てればいいだろう。

 でもって、寄るつもりのなかったホームセンターにふらりと入って、バッタものの音楽DVD。さいしょB・B・キングのを一枚だけ買うつもりでレジに持って行ったら、これが三〇〇円ちょっとなんだわ。「あれ、こんなに安いですか?」と訊き返したもん。店員さんも「え?」となったけど、よく見ると、「特価」の表示で、「間違いないですよ」とのこと。ならばともう二枚買った。ジェームズ・ブラウンが一枚と、レイ・チャールズとウィリー・ネルソンの共演盤が一枚。三枚買って千円くらい。連休はこれで過ごそう、と思った。バッタものの音楽DVDざんまい、最高じゃないのさ。

 それと、これを注文。上掲の『海の祭礼』の主人公、ラナルド・マクドナルドのことを書いた本。スコットランド系の父とネイティブアメリカンの母の間に生まれ、白人社会に受け入れられないことを知ったラナルドが、日本へのあこがれをつのらせて密入国を果たす、そのいきさつが、これではどう書かれているのか興味を抑えられなくなった。

 

Native American in the Land of the Shogun: Ranald Macdonald and the Opening of Japan

Native American in the Land of the Shogun: Ranald Macdonald and the Opening of Japan

 

 

  いつかのゴールデンウィーク、特急に乗って札幌へ出たはいいけれど、数日間ATMが休止していて、参ったことがある。あの時は、頼みの綱のクレカも、新しいカードが送られてきたのをすっかり忘れて、期限の切れたのを持って行ってしまった。結果、ひどい不便な旅だったけれど、北24条から後輩たちとバカ騒ぎしながら歩いてホテルに帰るのがすごく楽しかったのを憶えている。途中、まだ開いていた新古本屋かどこかでエルヴィス・コステロを買ったんだっけなあ。アナログ時代に買いそびれた、「シップビルディング」のはいってるやつ。「何買ったんですか?」「エルヴィス・コステロ」「ああ」なんて会話すら、五月の札幌の夜気とともに、はっきり憶えている。礼儀正しい、明朗な若者たち。

 

パンチ・ザ・クロック(紙ジャケット仕様)

パンチ・ザ・クロック(紙ジャケット仕様)

 

 

 あれからもう、いったい何年が経つのか。誰も訪ねてこない、知人からのメールすらめったに来ないけれど、この空の下で、あの人もあの人も、みんな一生懸命暮らしてるんだろうな。


Elvis Costello - The World And His Wife