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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

乾湿式コピー機のこと~隣の部屋ではトニー・ウィリアムズがマイルスをボッコボコにしている

Q 最初に出会った処女詩集だったということですね。

K だから、あれは何十年も書棚にありました。丁度、学部に移ったとき、川端香男里(当時は山本 香男里)先生が、二十九かそこいらだったでしょうか、北大に赴任してきて、ぼくらは当時の青い液のなかをくぐってでてくるコピー・テクストで、世紀末のロシア象徴派の詩の講読がおこなわれたのですが、これが愉しかった。香男里先生は朝が早く、アレクサンドル・ブロークの詩を美しいキリル文字筆記体で書き写してきて、それをコピーするので、手伝ったものでした。若いアンナ・アフマートワを最初に認めたのが、ロシア象徴派の巨匠ブロークですからね。ぼくはモスクワ派よりは、レニングラード派の詩に最初にふれたわけだった。

Q なつかしい。あの青い痣みたいな色に染まった、乾湿式コピイ機でしょう。最新兵器でしたね。手書きだったし、まだヘルメスの重量級のヘビーな、毛むくじゃらしたフォントも、手に入らなかった時代…。で、英文の必修の文学史の授業に出てみると、ほら、彼、ダレルの訳者だった、そう、高松雄一先生、黒板いっぱいに綺麗な書体でイギリスのロマン派の詩を書く、それをノートに書き写した。

 

夕べ―ヴェーチェル

夕べ―ヴェーチェル

 

  この大学に自分も数年いたけれど、ほんの5年違うだけでも大学の中はそうとう様子が変わるので、ましてやこの時代のことはぼくにはうかがい知るすべもない。コピー機の発達というのも時代を反映していて、ぼくが最初に行った大学ではやはり青い液のなかをくぐって出てくる式のコピーしかなく、きっとそのころまでは、ロシア語や英語の詩の演習でもそうした授業風景があったかもしれない。当時はぼくは文学部というところには縁もゆかりもない、ただのふつうの(経済の)学生だった。

 三年連続で、恩師たちの最終講義に出ることが続いた。いずれも、長い教壇生活を成功裏に終える先生がたで、自分もその晴れやかさを少しおすそ分けしてもらって帰ってきた。そうしてそれをたましいの糧に、長い一年を何とか乗り切る、そんな日々だった。

 で、自分がどんだけそうした先生がたの教えからずれてるかということも痛感させられる一面もあるわけで、万年床でSurface Pro 3を操作しつつ、廊下をへだてた私設研究室(4畳半)では、1965年の12月のプラグド・ニッケルでのマイルス・デイヴィス。御大をあおるようにして、まだ小僧っこのトニー・ウィリアムズがボッコボコにタイコをたたいている。

 

Highlights From Plugged Nickel

Highlights From Plugged Nickel

 

 

 これはたしか完全盤がCD8枚組だったか10枚組だったか7枚組で出ているはず。勤めているとき、買わなかった。今じゃとうてい買えない。でもこの『ハイライト』だけでも、そのすさまじさに圧倒される。これと重複しないCDも出てるみたいで、欲しいなあ。

 

The Complete Live At The Plugged Nickel 1965

The Complete Live At The Plugged Nickel 1965

 

 

 

 

 で、すっかり緊張が切れてしまった語学徒の冬学期だけれど、『自習ロシア語問題集』をようやく21課まで。副動詞を間違えまくって、忘れてること多いなあと痛感。ふだんいかにロシア語を書いてないかという証拠。

 Macに戻ることも検討中。中古のMac Proを買ってメモリやHDを増強するとけっこう強力なマシンとしていまだに使えるという動画もあるが、自分にはそういうスキルがないから、やめといた方がいいかもしれない。

 次の一冊は、↓これかもなあ。ふと出てきて、そういや読んでない。研究室のソファに寝っ転がってこれを読んでいた後輩は、ロシア語も英語もよくできるやつだったけど、北海道に見切りをつけて、内地に転職した。

 

Breakfast at Tiffany's

Breakfast at Tiffany's

 
Breakfast at Tiffany's (Penguin Essentials)

Breakfast at Tiffany's (Penguin Essentials)

 

 


Miles Davis - So What/The Theme (Live At The Plugged Nickel)