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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

街の灯り~今年三冊目の英書はコールドウェル『タバコ・ロード』

 There were always well-developed plans in Jeeter's mind for the things he intended doing; but somehow he never got around to doing them. One day led to the next, and it was much more easy to say he would wait until to-morrow. When that day arrived, he inevitably postponed action until a more convenient time. Things had been going along in that  easy way for almost a lifetime now; nevertheless, he was again getting ready to burn off the fields and plow the land. He wanted to raise a crop of cotton.

 

Tobacco Road

Tobacco Road

 

  ここで何度も紹介しているが、ずっと読まずに枕元にあった本を、半分くらい読んだ。ジョージア州の貧農の話。登場人物たちの会話は、文法的には壊れているが、それでも一定の規則性があるから、わからないということはない。が、なにせ小説なのだから、そういう部分もまた作家の筆による文学的再-表象と受け取っておこう。

 「タバコ・ロード」と言えば、竹田和夫が率いるクリエイションというバンドのファースト・アルバムに入っていた。もちろんそれはナッシュヴィル・ティーンズのヒット曲のカヴァーだ。そういうタイトルの小説があるのを知ったのは、もうずっとずっとあとの話で、古本屋の棚で見つけ、200円、タダみたいなもんだ、と思って買ったのだ。

 時の流れは速くて、あれからすでに二〇年以上が経つ。大学の脇の敷地に建つ一軒家に間借りしていたころの話。あの古本屋はもうないだろうが、今でもあの店で買ったということがわかるのは、一番うしろのページに、シールが貼ってあるから。シールというか、これは何なんだろう、付せんみたいな紙で、ひらがなで「ぼ」とスタンプが押してあり、「200円」と、これもスタンプかタイプで書いてある。その後ぼくは札幌へ移り、露文の院生だったころもこの本はずっと書棚にあったはずだ。その後、教える立場になって地方へ転出したあとも、処分せずにあった。

 一度アパートをかわったとき、いっぺんやろうと思っていた社会統計学線形代数の本をすべて処分したことがあるが、そんな時でも横文字の本は、捨てずに新しい住まいに並べていた。結局、そこも去ることになって今日に至っているのが不思議な気がする。

 薄い小説で、今読むとそんなに難しくないが、それは今だからそう思えるというだけの話だ。勤めていた時、講義のすき間時間のたぐいはあるにはあったが、それを計画的な読書生活にオーガナイズし、こういう本を着々と既読にしていく…ために必要な、なんというか大局的な人生観が自分にはなかった。なんにせよ語学力が半端では、どうしようもない。

 で、上の一節は、主観的にはまじめにやっている主人公の農夫の、煮え切らない不決断ぶりを述べている個所。明日からダイエットや禁酒をやろう、といのはダメなのだ、というのは心理学の先生らがよく言うことで、今日が2月n日だとすると、明日というのは常にn+1日だから、そんな日はいくら待っても永遠に来ない。

 ただ、不決断も悪いことばかりじゃなく、もの狂おしい強迫にかられて、準備不足のまま何かに取りかかるというのもまた往々にしてよくないし、生半可な課題は、一晩寝て起きたら自然に解決しているということだってあるから、これもケーズバイケースだな。

 いつの間にか歳をとり、恩師たちもあらかた教壇を去ろうとしている真冬すぎ。日曜だし、昼間っから風呂入って、あがってから読みだしたんだこの本。そうそう、昨日の朝、冷やご飯しかないから、バターライスにしたんだ。ハーブ入りの岩塩で味をつけ、皿に盛り付けてブラックペッパーを振ったら、案外おいしかった。ずっと冷や飯を食わされていたから、こういうのは慣れてる、と言うのは、ちょっと不謹慎なので、それはもう言わない。


街の灯り 堺正章 UPB-0061