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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

チェッ!チェッ!チェッ!~もっと短く、もっと簡潔に

 学生の作文には、よく「もっと短く、もっと簡潔に」というコメントをつけた。文章を書き慣れない人が急いで書くと、概して長ったらしい文になる。ムダな語句があったり、内容が重複していたりして、全体の字数の割には情報が少ない。 

 

自己プレゼンの文章術 (ちくま新書)

自己プレゼンの文章術 (ちくま新書)

 

  この手の本は決して嫌いじゃない。いつもこんなものばかり読んではいないが、たまに解毒剤として、文章作法の本を読むのはいい。パッと開いたらこの文句。これは本当にそうで、字数制限のある分量で内容のあることをきちんと書くのは、とても難しいのだ。

 たとえば、自分にとっては自明であっても、一般的には知られているとはいいがたいことを、序論でどの程度説明するか、といったところ。うまい人はここがうまい。簡にして要を得たイントロダクションが書けると、手に取ってくれた人が最後まで興味をとぎらせず読んでくれる確率はうんと高くなる。

 ぼくはそれがうまくない。よほど集中して取り組まないと、ここのところがグダグダの引用や要約の集積になってしまう。引用で済ませようというのは、要は自分の言葉で語り直せるだけの熟考がなされていないので、自分で問題提起をしておきながら、それをまだ誰かの責任のままにしているのだ。

 前にも書いたことだけど、できれば一週間ぐらい放っておいて、他のことで頭の中がシャッフルされてだいぶ客観的になったところで読み返す、ということをすれば一番いい。じぶんでも不思議なほど、自分のアラが見える。そこを直していく。

 まあ、他人ごとのように書いてはいるが、それを実行しないと、という年末。今日は語学の勉強はお休みかなア、と思うが、少しやっておいて寝よう。

 『ジャパン・タイムズ』日曜版来る。しばらくは、これと『TIME』と、両方読まねばならなくて、時間の経済はどうやりくりがつくのか、自分でもなぜこんなことをやっているのか、と不思議な気分ではある。

 詳しく書いても仕方ないのだが、語学の総復習は以下の内容を順不同に毎日実行している。所要時間はそれぞれ30~75分ぐらい。飽きたら次、というやりかた。

・英文紙誌を読む。辞書は引く。

・BS,CS、ネットラジオなどのニュース番組を聴く。辞書は引く。

・ロシア語の単語集を音読する。まちがい、誤植もあるので、辞書は引く。

・ロシア語サイトから書き抜いた作文ノートを音読する。これも疑問点は辞書で引く。

 むろん、ほんらい他にやることがあり、もういい歳をして、未来永劫ずっとこれを続けるわけにもいかない。冬の、活動が制限される暮らしの、ひとつの過ごし方だ。三カ月続いているから、飽きっぽい自分としちゃあ、まあまあ、というか上出来だ。

 こうして初歩的な勉強をしている間も、脳はたえず上記のような文章の推敲をおこなってくれているから、そこが不思議なんだよなあ。

 


藤タカシ&スタイル チェッ!チェッ!チェッ!