読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

めまい

 話は長すぎてもいけない。人は、よく知らない人の話を長時間聴き続けるのを好まない。「目の前の人は、基本的に自分に何の興味関心も持っていない」という前提を常に忘れないことだ。[…]

 

君に友だちはいらない

君に友だちはいらない

 

  このあと、「そのためには、3分間ぐらいで自分のストーリーとビジョンを魅力的に伝える訓練が必要となる」と続くところがビジネス書のビジネス書たるゆえんなのだが、それはともかく、上の一節は多分に真実を含んでいる。

 人間の数は無数だから、人間が会う人会う人すべてに切実な関心をもっていては生活が成り立たない。生物学的にはどう説明がつくのか知らないが、人間の心って、基本的にきわめて限られた数の知人にしか興味を持たないような成り立ちになっているような気は確かにする。勤めていた時、職場の職員録などに載っている他学部の教職員の顔写真が、なんというかきわめて異様な他者の群れに見えて嫌だったことなど思い出す。

 だから、見も知らぬ他人が教師なりプレゼン担当者なりとして目の前に現れ、話をし出しても、基本的に自分に関係ないやつが何かしゃべってるな、ぐらいにしか感じないということは無理もないことに思える。

 一方では、ここからが人望とかカリスマとか、もっとふつうに言って人間的魅力といった話になるんだろうが、数分、数十分で初対面の相手に魅了されるということも実によくあることで、そこで差がつくのだ。

 で、ぼくは、先日の学会報告は、20日前くらいから声に出して話す練習をした。ただ読み上げるだけじゃダメなので、読み上げつつ、どこを強調すべきか確かめながら、毎日やってるうちに、突如、論旨が明確になった日があった。そこで、そのようにレジュメを修正し、本番に臨んだが、それでまあ普通ぐらいの感じの話だったんじゃないかな。聴いてくれていた人の何人かが、次の朝起きた時もこれを憶えてくれていれば成功だ、と思ったが、確かめるすべはない。

 あと、女性に惚れられるとか、そういう経験まったくないのでわからないのだが、もてる人同士って、初対面からもうそういうシグナルの交換があるらしい。一度、夢の中で、いきなり石野真子に抱きつかれ、腕を組んで歩いている夢を見たが、あの至福感たらなかった。夢じゃないか、と思ったら、ほんと、夢だったという、ね。あ~あ。

 アメリカ大統領選のニュースにくぎ付け、昨日読んでいた英語週刊誌の内容がすでに古く感じ、続きを読まないまま、夜になった。


石野真子 めまい1980.8