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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

シャム猫を抱いて~星くず語学徒はロシアの新聞を取っている

 新聞はページをめくりさえすれば、何が大事なニュースなのか、その軽重を見出しや写真によってわかるような紙面作りをしてきた。「一覧性」と呼ばれる新聞の優位性もここから導き出されている。

 しかし、グーグルのメイヤーが指摘しているのは、アメリカの読者はもはや、そのようなものを求めていないということだ。インターネットでは気になる記事だけを読むのであって、NYタイムスがどのような価値基準に基づいて、どのような紙面を構成しているかには関心がなくなっているのだ。

 

新聞消滅大国アメリカ (幻冬舎新書)

新聞消滅大国アメリカ (幻冬舎新書)

 

 「グーグルのメイヤー」とは同社副社長マリッサ・メイヤーを指し、米上院議会合同商務委員会での公聴会でそのような発言をしたという。たとえとしてメイヤーが挙げているのは「例えば音楽の世界では、アルバムを丸々一枚買わず、自分が気に入った曲だけを選んでネット上で購入している」ことだが、事態はもっと進んで、音楽はダウンロードではなくストリーミングで聴くようになっているのだろう。が、それはさておき。

 アメリカの新聞には憧れがあって、シカゴ出身のどなたかが、子供のころ、家では新聞を5つ取っていて、それを読むのが楽しみだった、と語っていたり、別のどなたかはアメリカ人の日曜日とは、新聞の分厚い日曜版をビーチに持って行ってのんびり読む日なのだ、と語っていたり、という、そうしたことをずいぶん聞いた気がする。

 よく言われるのが地方紙の充実で、というか基本的にアメリカの新聞はみな地方紙で、それが民主主義を支えている、という話だったはずが、この本では、その肝心の地方紙が激減しつつあり、地元のニュースに触れる機会が減り、地方政治への関心が低下、投票率も下がり、現職有利の選挙が多くなりつつあるという。

  この本はもう六年前の本で、最新データはわからないが、二〇〇四年から二〇〇八年の五年間で廃刊になった有料日刊紙が49紙だったのに対し、二〇〇九年には一年間だけで46紙が廃刊というから、今はもっとペースが速いかもしれない。

 問題は、ぼくは英文学者ではなくて制度的には一応ロシア屋さんだという点で、あとがきによると、一時期言われたBRICsと呼ばれる新興経済大国(ブラジル、ロシア、インド、中国、場合によって南アが加わる)では、この時点ではどこも新聞の発行部数は伸びているという。ただ、BRICsというくくりも古いので、二〇一一年ころにはロシアを除外して南アを正式に加え、BICSでどうかなどという新聞記事があった。ここのデータでもロシアだけは「微増」というのが、何とも微妙だ。

 何でこんなことを書いているかというと、ロシアの新聞を高いカネを出して購読しながら、そっちには手が回らないまままた一年が過ぎてゆくからで、溜まった分は一度目を通してから捨てよう、と思いつつ、では来年はどうするか、もうネットでよみゃいいんじゃないか、とそのことが気になって仕方ないから(そのためにSurface、買ったんだっけ)。紙の新聞が海を越えて届くのはそれはそれでありがたく、本来ならモスクワの露店に出るはずだった分が送られてきたのか…と思うといっそう有り難さが増すのだが、とにかく時間がないことには読めないのだ。

 一覧性、ということもある。そして、紙の媒体しかいまだに信用しないという人の多い、そんな分野で勉強させてもらっているのもある。そして、何度かのモスクワ滞在のときの新聞販売の露店のたたずまいの懐かしさがある。ロシア映画『こねこ』の主人公がいるような、そんな新聞スタンド。あと一年、とってみようかな、いやそれとも…


浅丘ルリ子 シャム猫を抱いて/男ともだち(初回限定プレス・アナログ7inch)