俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

神奈川水滸伝

My Universities (Penguin Twentieth Century Classics)

My Universities (Penguin Twentieth Century Classics)

My Universities

My Universities

 

 辞書を引きながらであれば、少し、ドイツ語を読むことができる。ずっと辞書を引きっぱなしでよければ、ロシア語もなんとかわかる。どちらも独学だ。

 18歳の時、拘置所に7か月と少し入った。その頃、社会や政治について話す自分の言葉の薄っぺらさが心底イヤになっていた。すべてが受け売りに思えた。だから、なにもかも一から勉強しようとした。翻訳ですら信用できず、読むなら原典にあたるしかない、と思い詰めていた。あらゆる本を読んだが、正しく学問の方法を学んだことがないので、わからないままのことも多い。独学の弊害だろう。だが、独房がわたしの大学だった。

高橋源一郎「論壇 憲法と民主主義 独学で見えてきたこと」、朝日新聞[北海道版]、2015年6月25日、15面)

 

 政治的感性や信条/心情のことはさておいて、独房と語学学習の相性の良さ、みたいなことを考えさせられる一節。それにしても「独房がわたしの大学」なのにくらべて、一般論ですが、今じゃ大学の個人研究室が独房化してないだろうか。わかりませんが。

 「一犯一語」とかいって、獄に入るたびに新しい語学をものにしていたのは大杉栄だったでしょうか。ぼくはさいわい、そんな苛酷な目に合わずに済んでいますが、すっかり英語中心主義に毒されていて、こういう、根性のいる独学、しないで済ませてますね。

 英語力の向上がとかく華麗なサクセス・ストーリーに結びつきがちなのに対し、知識欲に駆られて、辞書を引きながら独学したドイツ語を拾い読む、という地味さが、ここではかえって新鮮でした。70年代の匂いがするのは気のせいか。ちなみに「わたしの大学」という言い回しは、やっぱりゴーリキー『わたしの大学』からとられているんでしょう。ゴーリキーの方ではこの「大学」は複数形なのに要注意。

 


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