俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

儀式(セレモニー)

8月の終わり。

大学という場所にいる人たちにとっては、今が夏休みのまんなかチョイ過ぎ、くらいの感じじゃないでしょうか。研究のための出張中という人も、この時期多いはずです。

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文系はいらない、縮小すべきだといった主張がずっとあるようです。

この問題点の一つは、ぼくの体験から言えば、大学入学後、人文社会系の学生がみな一様に感ずる大学という場所に対する大きな失望と、表面上はつじつまがあってしまう、という点。

内田義彦さんの『読書と社会科学』(岩波新書)に、理学部に入学した娘さんが、授業で電子顕微鏡を初めてのぞいて、興奮して帰ってくる話があったと記憶します。微生物か何かを見せてもらって、興味津々、大学ってやっぱりいいな、と喜ぶ娘さんを見て、内田先生は、自分は経済学史など教えていて、同じだけの知的興奮を学生に与えているか考え込んでしまう…たしかそんな内容でした。

大学で仕事をしていると、とくに理系が優位なキャンパスで仕事をしていると、そういう例はいくらでも目にする羽目になります。ある学生が、「先生…」と研究室に来てこんなことを言っていたのがつい昨日のことのようです。もともと福祉の専門学校に行っていたけれど、大学というところにどうしても行ってみたい。そこで進路を変え、合格してここにきた。どんなことを勉強するのか楽しみだった。でも、経済学関係の授業を受けて失望した。他の学科はみんな白衣を着て楽しそうに実験とかやってるじゃないですか。でも俺たちは一方的に講義を受けてノート取って、なんだ、あとはこれを暗記するだけなのか…

そのときぼくがどうリアクションしたのか、もう覚えてはいないんです。ただ、ああ、内田義彦さんが書いていたことって、このことだったのか…とありありと理解しました。

ものすごく紋切り型に言えば、勉強って、講義だけじゃないんだよ、本を読めよ、とか、街全体がキャンパスだと思えばいいよ、とか、いろいろ言いようはあったと思います。でも、そういう言い方は一歩間違うと、文系の講義はもともと眠くてつまらないもの、という姿勢を誇示している風に取られかねません。

いつも思い出すのは、やはり大学に失望していた80年代の僕らに「経済学は大人の学問で、ほんとうは18歳の君たちに面白いはずがないんです」と語った温厚な老先生。その先生も、学生時代、授業に出て真面目にノートを取っていたものの、とくに授業が面白いと思ったことはなかったそう。ところが先生、肺を病み休学、郷里に帰り何年かを過ごしました。あるとき、昔とった経済学のノートを開くと、実にいいことがいろいろ書いてある。多少人生の滑った転んだを経験すると、かつて意味が分からなかったことが真綿に水がしみ込むようにわかる。そうか、こんなことを自分は勉強していたのか。復学後は猛然と勉強し、研究者になった…

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いや、こんな牧歌的な話、もう通じないんでしょうね。

自分も苦手だった経済学の話になってしまいましたが、哲学も、変形生成文法も、古典ギリシャ語も、18歳の若者の大半にはとてつもなく難解で退屈で、彼らに<それがいったい何の役に立つのか>を納得いくように説明できる教員はいないでしょう。しかし、他の分野の専門家が「それ見たことか、学生が『つまらない、役立たない』と嘆いているではないか」と言うのは、やはり違う気がします。

だから何だ、何が言いたいと言われると困るのですが…

ぼく自身は、どうせこんな科目面白いはずがない、というふくれっ面の18歳たちが、むしろ好きでした。手を替え品を替えて教える工夫をして、期末には彼らに「意外と面白かった」「すごく楽しかった」と言わせるのが何より楽しかった。テルミンを持ち込んでみんなに弾かせたり、たった5,6行の会話文を徹底的に音読したり…

 とぼしい家計をやりくりして子供を大学にやる親御さんが、もし自分の息子が「授業もわからないし、友達もできないし、こんなところ来なければよかった」と思っていると知ったら、さぞ嘆くでしょう。十年ちょっと、大学という場に<教える立場>で関わりましたが、その思いだけがエネルギー源でした。80年代に味わったぼく自身の大学に対する幻滅や失望への、ぼくなりのけじめ。

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松本典子『セレモニー』で歌われるのは、ぼくが決して味わうことを許されなかったまぶしい青春。あの町へ行ったね、あの海も行ったね、仲間たちに会ったね、いいことばかりだったね、と振り返り、地平線の彼方に没してゆく青春の輝きを惜しむ…作詞作曲の中島みゆきさんの手腕がさえわたる一曲。で、歌詞をよく聴くと、この子の彼、学生なのね。どこの学部の学生だったんだろう…

 


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