俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

ひと休み

やはり、そうなのか…

文学部を出てる人って、「キッチュ」とか「キャンプ」とかっていう概念についてアカデミックな知識をもっているから、僕の音楽に対する態度も、その変種に過ぎないということがわかってしまうみたいですね。教師や文化人たちが高級文化について啓蒙活動をおこない、同輩たちがみな趣味の洗練を競っているときに、そこから一歩離れたところで、少数の友達と、歌謡曲やパンク/ニュー・ウエーヴやブラック・ミュージックを探求するのが、僕ら70年代末の田舎の高校生の<粋>でした。松山千春オフコースが文化の主流だったときに筒美京平や都倉俊一を語るというズラしかた。あの当時は、それがカッコよかったのですよ。今では、歌謡曲対フォークとか、ハードロック対パンクとか、ジャズ対ジャズ以外のブラックミュージックとかいう対立自体が、当時のような鮮明な対立の構図をなしていないので、もっと手の込んだズラしかたをしないと…いや、本当に趣味の洗練の競争をやめようと思うなら、「趣味の洗練を競うようなダサいことはやめたぜ」と声高に自己宣伝することをそもそもやめなければなりません。一体どこまで行けば、僕らは真の認識の自由にたどり着けるのだろう…

iTunesで鳴っているのは故・中島らもさんのバンド、PISSの「ドント・ピス・アラウンド」。本当にロックンロールな生き方をしたいなら、教師にも管理職にも経営者にも公務員にもそう簡単になることはできないはずなのに、その点をごまかして生きている僕らはどうしようもなく不純です。らもさん、どうして僕らを残して死んじゃったんですか。広告主の食品店の試供品のちくわを客席に投げ込むというあなたのパフォーマンス、一度見たかったです。