俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

RCサクセション「いい事ばかりはありゃしない」

先日、映画『shall we ダンス』(周防正行監督、1996年)についてちらっと書きましたが、あのときAmazon.com.のサイトで英語のカスタマー・レヴューを読んでいてはっと思ったことがあります。役所広司演ずる「サラリーマン」のことを、a successful businessmanと書いてあるレヴューをみると、間違っちゃいないんだけど、どこか微妙な違和感があるのです。そんな風に形容しちゃうと、役所広司さんの役どころの、何とも言えない物悲しさが消えてしまいます。で、別のレヴューをみると、ズバリa wage slaveとあります。賃金奴隷。これも言い過ぎっちゃ言い過ぎだけど、住宅ローンを抱え、遠距離を通勤し、したいことも我慢し…というあの感じ、たしかにアメリカ人にはそう見えるかもなあ…と、こんどは妙に感心しました。

Kamchatkaさんが大学の地域貢献について、かなり深刻な苦悩を表明しています。いわく「大学教師は賎業なのだろうか」。地方大学の教員は研究などせずに地域に貢献しろ、という世間の論調への違和感です.

http://kazuhisaiwamoto.blog.ocn.ne.jp/kamchatka/2008/05/post_baef.html

「『研究をせず地域貢献を』というのは,実はよく分からない話なのであって,『研究』というか『勉強』をしないことには,授業も公開講座もできるはずがないのである。大学教員どもめ,偉そうな顔するんじゃねえ,という以外の意味を,僕はそこに見出すことができない」。

なるほどね。これ、実はかなり大きくて複雑な問題ですが、ひとつには日本的な雇用観が決定的に関与している気がするんです。給料をもらっている以上、自分の属する組織にすべてを捧げるべきだ、という例のアレ。この、「自分の属する組織」が「大学の属する地域」にズレるだけで、大学教員は持てる力をすべて地域貢献に投入すべきだ、という論理が出てきてしまう気がするんですが…どうでしょう。的外れなこと言ってるようだったら御免なさい。

断わっておきますが、僕は自分のことを賃金奴隷だなんて思ってませんよ。滅相もありません。若い人とわいわいすごしながらご飯が食べられるんですから、本当、ありがたいことです。でも、いくらなんでも忙しすぎるなあ…これでもものを教える仕事なんだから、ネタを仕入れる時間だって欲しいなあ…なんて思いながら、今日も一日が暮れてゆくのでした。頭の中ではRCサクセション「いい事ばかりはありゃしない」の一節がリフレインしています。「金が欲しくて 働いて 眠るだけ」…って、20年くらい前のバイトくん時代と、何も変わってないんですよね、自分の内面。…うん、まあ、これ以上の話は、また今度。