俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

オデッサのリンゴ

外国語教師ってのも変な商売で…って、これは一昨日書きましたね。空き缶をたくさん袋に入れて授業にもっていき、若い人と「これは何ですか?」「これはジュースです」なんて会話をしています。で、何年か前、実物のリンゴを示しながら「これはリンゴです」という例文を繰り返し、リンゴにかぶりつく、というのを思いついたんですが、直前に思いとどまりました。興味を引く面白い教え方をすることは大切ですが、悪ノリは厳につつしまなくてはなりません。

話は急に変るんですが、今年の冬、リトアニアのジャズ文化についての講演を聴く機会がありました。日本ではなかなか聴けないリトアニアの音楽家たちの音源や映像に触れることができて、とても面白かったです。特に、若手がいわゆる「ジャズ・ロック」的展開を見せているのには強い印象を受けました。講演では、リトアニアではジャズが公教育の中に組み込まれているという点が強調されていましたが、それだけではあの音は説明つかないと思います。きっと彼ら、イタリアのプログレなんかもずいぶん聴きこんでるんじゃないかなあ…なんて思いながら帰ってきて注文したのが以下のCD。

アレア『アレアツィオーネ"アレア・ライヴ"』(1975年)

断っておかなくてはなりませんが、プログレッシヴ・ロック、通称プログレ、とくにイタリアなどヨーロッパ大陸プログレは僕の苦手分野です。それにはひとつ明確な理由があります。1977年ごろ、渋谷陽一さんが「プログレはちっともプログレッシヴ(進歩的)なロックではない。パティ・スミスエルヴィス・コステロこそが今、真にプログレッシヴなロックなのだ」という論陣を張っていたのです。時はパンク/ニューウェイヴ台頭の時代。産業化された大仰なハードロックやプログレを非難することには、一定の「政治的正しさ」がありました。ただ、当時の特定の文脈においてきわめて正しかったこの主張も、行き過ぎると一種の偏見につながります。パンク/ニューウェイヴと関係のないところで真摯な探求を続けていたバンドは世界中にたくさんいたわけで、評論家のいうことを後生大事に信じていたためにそういうものが眼に入らなくなってしまったのは、誰のせいでもなく、やっぱり僕の視野が狭く、立体的でなかったから。

このCD、昨年紙ジャケットで新装発売されました。山岸伸一さんの解説によると、アレアのこのアルバムは1977年7月に日本盤が出ています。当然、当時は聴いてません。いま聴くとすごいです。南ヨーロッパ風の奇数拍子のジャズロックがたっぷり堪能できます。特に注目は2曲目「オデッサのリンゴ」。途中、なんとパトリツィオ・ファリセッリ(ピアノその他)がリンゴにかぶりつくパフォーマンス。もちろんCDだから映像はわからないんですが、マイクロフォンが、リンゴをかじる「ガリっ、ムシャっ」という音をはっきり拾っています。大観衆からやんやの喝采。ジミ・ヘンドリックスがギターに火をつけ、ピート・タウンゼントがギターをアンプにたたきつけ、キース・エマーソンが日本刀でピアノに切りつけたのと比べて、なんともつつましく平和的で、それでいて機知に富んだ、イタリア人らしいパフォーマンスじゃないですか。

でもまあ、70年代の野外コンサートだからこその盛り上がりでしょうかね、これは。外国語の授業でこんなことやっちゃいけませんよ。