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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

花梨~大西巨人「老母草」にショックを受けた

 真帆は丁重に一礼し、「私たちは、文久大学の学生で、文芸部員ですが、今日はハイキングかたがた与野公園大宮公園で桜見をしようとして、やって来ました。男子三人と女子二人、計五人連れです。与野公園には最前行きましたが、花見というか飲食は大宮公園ですることにして、ここまでてくって来ました。すると、お宅の桜がとても見事なのと、実は皆が空腹にもなってきましたので、はばかりながら、お庭先をしばらく拝借して、お花見をさせてもらうことができましたら、たいそう幸せです。もちろん騒ぎ立てたり散らかしたりなど、いっさい迷惑は、おかけしませんから。」とねんごろに許可を乞うた。しかし、真帆は、”ただ「大学の学生」と言うだけで、「文芸部員」ということは言わなくてよかったのではあるまいか。そんな名称は、こんなお婆さんには、あまりぴんと来ないのではなかろうか。”というように省みていた。

 老婆は、立ち上がり、目を門前の四人のほうへちらと走らせてのち、真帆とにこやかに正対して、「どうぞ、どうぞ。気がねなく皆さんで花見をなさい。縁側だけでなく、そこの八畳も使ってください。お上がりになって構いません。……それにしても、お若いのに、ずいぶん行き届いたご挨拶ですこと。[…]

 

五里霧 (講談社文芸文庫)

五里霧 (講談社文芸文庫)

 

  図書館の奥まった開架から借りてきた。自分の知力の子供っぽさを恥じながら、パラパラ読んでいる。

 上の一節は「老母草」という短篇から。この種の大学生に教えたことのないぼくは、一九九二年にこれが書かれた時点でこうした大学生の描きかたはまだ写実的だったかどうか、半分首をかしげつつ、この短編のメタ文学的構築には電撃的に打たれれてしまった。ネタばらしはしないが、参った。

 メタ文学的などと書かずとも、文学についての文学、と言っておこうか。スタニスワフ・レム『完全な真空』というのが実在しない本の書評を集めたものだったけれど、あれほどじゃないにせよ、ああいうのを意識して、「そういうのならこういう書き方もあるよ」と言っているようにも思える。『完全な真空』は一九八九年に邦訳が出ているから、あり得る話なんじゃないかと思いつつ、一応これは読んでから返却しよう(注記:これ自体がレムの本のような架空の書評を含んでいたりするわけではない)。結局買いそうな気もするが。

 何しろ日本語の濃さが違う。先日あるところで、低温殺菌のおいしい牛乳をごちそうになったけれど、この日本語のコクといい甘みといい、昨今のライターさんが書く、大量消費を当て込んだ新書本なんかとはもう段違いだ。

 文学にたずさわる人間を描いていながら決してダサくない、というところがよくて。上の文芸部員の女子学生も凛としている。ちなみに文学部、ではない。文芸部、つまり文学青年のサークル活動だ。あと、作者が英語の書物を通じて東欧の政治や文化の知識を吸収する勉強の跡も見えたりするところが、ぼくにはよかったりする。省みて、身が引き締まる。

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 異動の季節で、あちこちの職場で、送別会のたぐいはひと通り終わっているころだろうか。ぼくは現在どこにも籍がないけれど、ひとが異動でどこかからどこかへ転出するうわさを聞くと、自分にぜんぜん関係ないのに勝手にさびしくなってしまうことは今もある。 

 勤めていたころ、内地(とだけ書いておく)の大学へ行く同年輩の中堅教員を見送りに、空港まで行ったことがあった。引っ越し荷物を送り出し、クルマも陸送を手配し、前夜はホテル泊まりだったという彼は、着替えと、飛行機・新幹線の中で読む文庫本を数冊入れたバッグを下げて現れ、晴れやかな表情だった。彼も独身で、他に見送りもいない。ずっとワンルーム住まいを通し、払い続けた家賃の総額がきっかり1000万だったよ、と笑っていた。もう会うことはないだろうと思いつつ、「また会おうよ」と言って見送った。仕事のよくできる、ナイスガイ。元気でいるだろうか。


柏原芳恵 花梨

 

 

図書館の本は半分しかコピーしてはいけない件~パソコンの買い替え時のことなど

 もう一つの手は、国立国会図書館に行くんです。あそこで『経済学方法論』の半分まではコピーが取れます。でも、ここは発言に注意しないといけないところです。違法な行為は、いっさい薦められないわけ。二分の一のコピーが許されているのであれば、二回行けば全てのページをコピーできるはずなんですが、いいですか、念を押しておきますけど、それはしてはいけません(会場笑)。

 

いま生きる階級論

いま生きる階級論

 

  このあと、そうは言っても会場に来ている人たちはすでにコミュニティをなしているので、複数人数でコピーを取りに行く方法もあることを暗に示す。違法なことはするな、しかしうまくやれ、と。『経済学方法論』とあるのは、宇野弘蔵の著書。

 それは置いておいて、ぼくも研究滞在のとき、図書の責任者から、本を一冊丸ごとコピーしてはいけないことになっているという説明は聞かされた。で、それもあるし、分厚い原書を何冊も丸ごとコピーしたりスキャンしたりというのは肉体的にも重労働なので、論文集などで目当てのものがどれかわかっている場合は、その部分だけ取ってくる。ただ、必要個所があらかじめわかっている場合ばかりじゃないので、半分しかコピーできないというのは、場合によってはやはりひどく困るのだった。

 せめて近くに住んでいれば、複数に分けて見に行かせてもらうことがひょっとしたら可能かもしれないが、へき地暮らしだとそうもいかない。先日の札幌行きは自腹で、JRの窓口の人が、ぼくが往復割引じゃない方法で乗車券を取ったのに気づいて、わざわざそれを一回キャンセルして取り直してくれた。けれど、それでも痛い出費だ。

 ただ、ノートに筆写するしか資料を持ち帰るすべがなかった時代に比べれば、なんともぜいたくで甘ったれた話だろう。一昨年からこの冬にかけて持ち帰ったコピーだけでも、一生かけても読み切れないかもしれない。せっせと読まなくてはならない。

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 へき地暮らしでもなんとかなっているのは、パソコンのおかげかもしれなくて、そのために5年前、職場にいた時から使っていたレッツノートが動かなくなったとき、デスクトップ機を買ったのだった。電器店で、持ち歩く用途がないのでしたらレッツノートはムダな投資ですよ、デスクトップの方がいいのではないでしょうか、とすすめられた。画面は大きいし、CPUは速いし、アメリカの大学の講義の動画なんかも快適に観られる。テレビの機能もついていてうれしかったが、そっちの機能は二年くらい前、ダメになってしまった。

 すでに5年使って、ときどき動作が不安な時があるけれど、これと同等のものはもう買えないだろう。今度これが駄目になったら、前の半分くらいの予算でなんとかするしかない。あるいは、Surface Pro 3のみでしばらく我慢するか。こっちを大きなディスプレイにつなぐのは、まだ試していない。

 大学の教員もいまは事務能力に長けた人が多くて、パソコンのことも専門家のように詳しいだろう。潤沢な予算を狙って事務機器屋さんが絶えず出入りしているから、新製品のこともよく知っている。そういう環境からは切り離されて、それでも研究なり勉強を続けるのは、しんどいといえばしんどいが、できる範囲で続けるしかない。物欲しげにひとに訊いて回ることをもはやしたくない身としては、動画サイトのたぐいは非常に貴重な情報源だ。

 で、マックでWindowsも立ち上げられる方法というのが、ここ7,8年マックをいじっていない自分には不思議でしょうがないんだけれど、↓あとでゆっくり観よう。ちょっとくせのある英語だ。


How to dual boot macOS Sierra and Windows 10 on PC

 

 

 

マックとウィンドウズ 2017 ~いちばん簡単な「WinからMac」乗り換えマニュアル~ (Mac Fan Special)

マックとウィンドウズ 2017 ~いちばん簡単な「WinからMac」乗り換えマニュアル~ (Mac Fan Special)

 

 

 

さくら(独唱)~基礎から積み上げた英語力はあるとき爆発的に開花する

 グローバル化の入り口で何が一番重要になるかといえば英語である。

 なぜ英語が重要になるのか。

 「エコノミスト」誌が世界の長期予測をまとめた『2050年の世界 英「エコノミスト」誌は予測する』[…]という本がある。このなかで非常に面白い分析をしている。

 第一にグローバル化はどのような反対があっても徹底して進んでゆくこと。第二に英語が国際語の王として君臨し続けることである。

 実は英語を母国語にしている国はアメリカ、イギリス、オーストラリアくらいなので、人口に換算すると三億九千万人くらいしかいない。これに対し、中国語は人口だけでも十三億7千万人くらいいる。

 では、中国語が王座に就くかといえば、そうではない。英語は第二公用語的に使っている人口がおおよそ十七億から十八億人くらいいる。第二公用語にしている人口が多いところに意味があるのである。

 もちろん、会議などでアメリカ人と英語でやり合おうとするのは、ひどくしんどい。逆にドイツ人やフランス人と英語で会話するのは、双方とも外国語だから意外に楽である。国際語としての英語が非常に重宝されるのである。

 

  まあ普通に言われていることだろうけど、引いておく。

 昨日は日曜で、午後六時の日本テレビ系のニュース番組を見ていたら、今では何人もの中国人の留学生が東大などの日本の一流大学に合格するという話題をやっていた。出てきた留学生の一人(女性)は、東大にこそ落ちたものの、すでに一橋大学に合格していて、そちらへ進んで経営学を学ぶんだとか。

 その女子留学生は、高校のころ一年間日本に留学していたというが、日本の高校の英語の教科書を見て「やばいと思った」という。買い物で使う会話が載っていて、それは中国では小学校で習うのだとか。

 見ていて、このニュースに接した政財界人が、またぞろ鬼の首を取ったように、とんちんかんな英語教育論を振りかざさなければいいなと思った。

 ちょっと前に書いたことだけれど、昔、アメリカ人のあんちゃんなどが日本に留学してきて、高校の英語教科書を見て「こんなのは古文。アメリカ人、こんな話し方しない」などとうそぶくということがあると、半可通はたやすく「それ見たことか。もっと実践的な会話を」という方向に流されていくという傾向があった。ここがそもそもまちがいだ。

 アメリカの政治家が国民に政策を訴えるとき、果たしてハンバーガーを注文するときのようなカジュアルな言い回ししか使わないだろうか。修辞を駆使し、ことばの限りを尽くすのではないだろうか。そして、アメリカ人だってそうした表現力ある言い回しの多くを、きちんと文法的に書かれた英語から学ぶのだ。

 初めて大学で英会話の授業を受けた時、たしか「ぼくはテニスはしません」「ぼくもさ」という会話で、この「ぼくもさ」をどう言うかをアメリカ人の先生が説明した。誰かがMe too.でしょう? とか言ったら、先生はNeither do I.という文法通りの答えを説明したので、みなびっくりしたのだった。

 誰かがAs far as I am concernedなどという言い回しは実際には使わないそうではないか、受験でそんなことを暗記させられて損をした、どうしてくれるか、と新聞か何かに投書したのを見て、有名な通訳の先生が、As far as I am concernedという言い方を使わないなどど誰に聞いたのですか、国際会議などではよく使う言い回しですよ、と書いていた。

 日本では学校はタテマエを教えるところで、世間はぜんぜん違う原理で動いている、というのは一面の真理ではある。ただ、これを安易に英語学習の世界に持ち込んで、学校英語など役立つはずがない、しゃべれる人は何かぜんぜん別の秘訣があるんでしょう? という風に考えるのは、学習者自身にとってきわめて有害だと思う。そんなんで身を入れた勉強になるはずがない。

 みながみな高価な英語塾に通えるわけではない。高校で教えてくれることは今も昔もけっして無駄ではない。会話が主体の授業は、それはそれで大事にしよう。そのほかにリーディングの授業があるだろう。そこをおろそかにしてはいけない。読解の力は、上のレベルの英語力に通ずるどこでもドアだ。いきなり難しいものは読めないけど、ここを通ることで、使える単語の数も飛躍的に増える。この先に、来日ドイツ人に桜の開花時期について英語で説明する、といった世界が開ける。

 そう、英語力は、桜のようなものだ。英語は、一挙には身につかないが、こつこつ栄養を与えて育てると、あるとき(弘前公園の桜のように)爆発的に開花する。だから、あせらず、一歩一歩。


森山直太朗 - さくら(独唱)

 

 

 

 

 

 

いばらのみち~ノーベル賞級のアメリカの教授たちはおバカな質問を遮断しない

 ハーバード大学では、学生たちが授業中に辞書を引けばすぐにわかるような初歩的な質問をバンバンしている。日本人の私からすると、「ノーベル賞クラスの綺羅星のごとき先生方にそんな質問するなよ」と思ったが、教授のほうも必死で学生の質問に答えるのである。まさに「教授と学生の真剣勝負」であり、海外と日本の違いを痛切に感じた。

 

 

 

  これはよく言われることで、日本からアイヴィーリーグなどに行った多くの人は「へ、こんなレベルかよアメリカ」と思うらしい。ところが、その素朴かつ初歩的な質問をバンバン投げかける学生らが、結果としてわれわれの思いもよらぬ研究成果を続々と生んでゆく。

 最初に行った大学の同じ下宿の誰かが、「○○先生のところに質問に行くと、名前を尋ねられ、優をもらえるというけど、ただ質問に行くのではダメなんだってさ。的を射た質問をしなければらないんだ」と言っていたのを思い出す。

 学会や研究会などで素晴らしい質疑応答がなされるのは見ていて気持ちいいが、かといって、「的を射た質問をしなければ」という強迫に取りつかれるのもまたよくないのではないか。ひとを感心させるために、あらかじめ答えが内包された「いい質問」をするのがよい、というのは、参加者を委縮させ、授業・講義なり、学会・研究会なりの意義をゆがめることになってないだろうか。

 ある学者さんは、とんちんかんな質問に対しては「その質問はイレレバント(=的外れ)だな」と、まともに答えないそうだ、というのをどこで聞いた。むろん、その気持ちはわからなくもない。わからなくもないんだが、上目づかいに「いい質問」をする学生だけをかわいがるというのは、教育機関としてはまことに風通し悪く、息苦しくて、まずいんじゃないか。

 ただ、これは自分自身の苦い思い出も絡んでいる。院生のころ、一時期アルバイトしていたオンボロ学習塾は、できない子にも親切に対応するのを売りにしようとしていた。そして、それで一定の成果を上げていたようでもある。ただ、これは言うは易く実行はきわめて難しい。

 一念発起して入塾してきたやんちゃ坊主は、何でもバンバン質問する子だった。それはよい。ただ、昨日30分かけて説明した三人称単数現在の動詞の語尾sについて、翌日「先生、何でそこにはsがつくんですか」と訊かれると、かなり参る。そこをぐっとこらえて、「昨日のことを思い出そう、いいか、私、あなた、以外は三人称で…」とやるのがその塾の流儀なのだったろう。ところがぼくは、「きのう説明したじゃないか。何を聴いてたんだ」と怒鳴ってしまった。

 今ならもう少しうまく対応できただろうか。いやわからない。塾と大学も、むろん同じじゃない。ぼくのなかでは、その両者が、どうもうまく分離しないままだった気もする。だから、初歩のロシア語をしつこいほどていねいに教えるやり方にたどりついた。

 夕方ちょっと春の雪。今ぼくは教壇には立っていないけれど、振り向けば、それそれの年度末。


椿屋四重奏 - いばらのみち

そして僕は途方に暮れる~学問せぬは親不孝・やりすぎるのも親不孝

 私が経済の道に進んだのは、和歌山県立桐蔭高校時代、倫理社会を習った[…]先生の影響が大きい。先生が宿直の日の夜九時頃、部屋におかきとコーラを持参し押しかけた。そのとき、先生から言われた言葉がある。「大学に行ける者は、行けない人の分まで勉強しろ」である。この言葉を肝に銘じて大学時代は勉強に励んだ。

 現在もメディアでこの問題がさかんに取り上げられる。当時も学業はできたが、経済的な事情で大学に進学できない人たちがいた。それは今以上かもしれない。私自身も地方都市の小さな商店の次男で、東京の大学に出してもらえるかどうかわからなかった。両親はおそらく食べるものも食べないようにして、仕送りしてくれていたのだと思う。

 

  ふと借りてきた本の一節。著者についてはぼくは評価を下せるだけの床屋政談力がないので何も言わないが、こういう話には弱いんだよ。

 ぼく自身はその点、まことに親不孝な子で、父だけでなく、母、祖父までが血のにじむような肉体労働をして通わせてくれた最初の大学の二年生後期から三年生にかけての授業に、ろくに出なかった。こう書いていても痛切な悔悟の念に駆られるが、一見、大学のセンセイの授業って、冗漫で熱意がなく、出る値打ちがないかのように思えてならなかった。たいていの学生は、もう半分オトナだから、そんな第一感に惑わされて不登校におちいったりはしない。そうして半年、一年かけて経済学や法学の体系をひとつひとつ習得してゆくことの意義を知ってゆく。自分には、どうもそうしたオトナらしい根気がなく、自主的に本を読んでいれば埋め合わせはいくらでもつくように思っていた。あのとき無為に過ぎた2年ばかりは、もう泣けど叫べど取り戻せない。

 その後、回り道の果てに大学で教える巡り合わせになったとき、学生たちに同じ轍を踏ませまい、という義務感で過剰にガチガチになったのは、だからごく自然なことだった。目の前に座っている数十人の若者らをここに通わせるため、お父さんお母さんが食べたいものも食べず、必死で働いて仕送りしている。そのことの重圧は、おかしなことだけれど、教える仕事を辞めた今でもひしひしと感ずることがある。 

 そのかわりジャズにはずいぶん詳しくなった、などといい加減なことを自慢たらしく書くのはやめておこう。けっきょく、経済なんて行くのが間違いだったんだよ、という総括の仕方でごまかしてしまうことが多いけれど、経済学自体も、けっして面白くないわけではなかった。マルクスエンゲルスやヒルファーディングの訳書とか、経済史や経済学史の本などは、今でも古本屋などで見かけると、そこだけ青白い光を放っているように感ずる。

 ポツリポツリと、経済学の入門書・啓蒙書を買ったり借りてきたり、ということが、最近また多い。その後語学をやることになったけれど、こういうものと語学の習得が有機的に合体する、という風に行かなかったのは、どうにも仕方のないことだった。

 片山杜秀がラジオでしゃべっている。どこか都会のお金のあるおうちに生まれたら、音楽ざんまいをしながら学問もできたのかなあ。

 

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

未完のファシズム―「持たざる国」日本の運命 (新潮選書)

 
近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ)

 

 


大沢誉志幸 - そして僕は途方に暮れる

 

Round About Midnight~よき床屋政談は経済と世界史を連動させる

[…]しかし、日本が支払った代価は大きなものでした。輸出産業が直撃を受け、関連企業にも影響が及んで円高不況に突入します。

 日銀は、国内市場の活性化(内需拡大)のため金利を引き下げますが、利子のつかなくなった銀行預金が引き下ろされて株式や土地に投下されました。バブル経済の始まりです。

 

経済は世界史から学べ!

経済は世界史から学べ!

 

  これはいい本だ。視野が広い。手あかのついた概念が、歴史的裏付けとともに洗い直され、清新さをとりもどす。バブル経済ということばは「景気がよかったころ」の意味で決まり文句のように使われて、いい歳をした人までが「高度成長」と混同していたりするが、あくまで1985年のプラザ合意→円高誘導→輸出産業に打撃→内需刺激のための利下げ→株・不動産への資金の集中による資産インフレのことを指す。この程度のことは押さえておきたい。これを踏まえていれば、同じ床屋政談でも最強の床屋政談ができるだろう。

  こんな個所も悪くない。

 民主党のウィルソン大統領はグローバリズムの理想を信じ、連邦準備制度理事会FRB)設立を認可するなど、ニューヨークの金融資本と強く結びついていました。はじめはアメリカの伝統的なモンロー主義に従って中立を宣言します。しかし、連合国の一角であったロシアで革命が起こり、ドイツと休戦します。余力のできたドイツ軍がフランスに攻勢をかけたため、連合国の勝利が揺らぎます。

連合国が敗北すれば、彼らが発行した国債は紙くずになる…」

ウィルソンが参戦を決意したのはこの時です。[…]

  とか、引用しているときりがない。ギリシアに端を発するユーロの危機のことも、これを読むとよくわかる。紙幣の起源も極めて具体的。予備校の先生らしい、幅広い勉強ぶりとわかりやすい語り口がよく出ている。

 大学で教科書として使うにはちょっと…だろうけど、講義の〈脱線〉のネタを仕入れるにはもってこいの本だ。概して、講義なり授業なりの〈脱線〉には、教える側の知性の幅がにじみ出る。歴史を経済の軸で理解するというのは成熟した上質の知性のみがなしうることかもしれないが、この本でその一端は垣間見ることができる。もう教壇に立つ目算もない自分だが、こういうものは読む。アタマを錆びつかせたらそれまでだ。読んで損はないんじゃないか。(注記:アマゾンでは辛いレビューが目立つが、いろいろ難がある点を割り引いても、役立つ部分は多いと思う)。

 今日もマイルスのプラグド・ニッケル。この時期でも北海道はまだ寒いが、室温はだいぶ上がった。その空気をふるわせてわがJBLが鳴る。トニー・ウィリアムズのタイコが圧巻。これを眠らせておいちゃあ音楽の神様に悪いので、しばらくは毎日鳴らそう。

 これから語学。とにかく英語とロシア語、あまり欲張らず、現状維持プラスアルファくらいを目指して。

 

Highlights From Plugged Nickel

Highlights From Plugged Nickel

 

 


Miles Davis - Round About Midnight.wmv

青春にオーレ~『ロンドンで本を読む』は楽しい本だ

 さてどこから始めようか。おそらく初期のエッセイ、「言語一般および人間の言語」がいいか。ここではベンヤミンは「言語の出番」を予想し、認識論的=社会的諸問題を、言語という母体の内に置くことを先取りして行っている。このことは、アングロ=アメリカの論理実証主義からデリダ派のデコンストラクションに至るまでの二十世紀思想の多くを新たに方向づけることになるはずであった。ベンヤミンを深く特徴づけているのは、人間の話し言葉発話行為を人間の楽園失墜と結びつけていることである。言葉と世界とが同語反復的に一致していた「アダムの言語」から切り離されたことが原因となって、抽象化の必要性と可能性が、また、文法に則った、文法を通じての、隠喩と判断の必要性と可能性が生じる。そこからは、バベル(言語の混乱)のドラマと、それ以後の多重言語の状態もまた同様に発生するだろう。

 

ロンドンで本を読む  最高の書評による読書案内 (知恵の森文庫)

ロンドンで本を読む 最高の書評による読書案内 (知恵の森文庫)

 

  『ワルターベンヤミン著作選集』第一巻についてジョージ・スタイナーが書いた書評、「エヴァがアダムを誘惑した時、いったいどんな言語で誘ったのか?」の一節(土岐恒二訳)。言語論的転回、というのはぼくが二度目の学部生のころ、言葉としてはお習いしなかったが、必修の「言語論」などはほぼその線での講義だったから、上の一節はよくわかる気がする。

 ではその二度目の学部生のころ、ベンヤミンのことは知っていたのかというと、ドイツ人の先生の独語会話の時間に「ベンヤミンを知っているか?」と先生が口にして、誰も答えられなかったのをおぼろげに覚えている。ぼく自身、名前は知っているけど…程度だった。

 もう本当にあとになってから(8年前?10年経ってない?)、以下の本が出て、むさぼり読んだんだった。これも決して平易ではないが、ああ、そうか、そういうことか、と呑みこみながら読んだ。これは面白かった。

 

名前はしかし、言語の究極の叫び(Ausruf)であるだけではない。それは言語の本来的な呼びかけ(Anruf)でもある。このこととともに、名前という姿で現れているのは言語の本質法則である。その法則によれば、自分自らを語り出すことと他のすべてのものに呼びかけることは、同じひとつのことなのである。

 

  ただ、それで興味を持って、ちくま文庫の『ベンヤミン・コレクション』をそろえた、そのあたりでそっち方面は中断したまま。本の置き場がなくて、老母の部屋のカラーボックスにこれらの本を並べてあるので、いつでも手に取れるけれど、ドイツ語はもはやぜんぜん読めないし、まあ、いろんな意味でゆとりができたら、だろうなあ。ずっと勤めていたら、上記の本をネタに、日本語、英語の文学作品いくつかを俎上にのせて、紀要に作文を数編…って、そんな甘いこと考えていたころもあったのが、今となっては懐かしいというか恥ずかしいというか。

ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味 (ちくま学芸文庫)

ベンヤミン・コレクション〈1〉近代の意味 (ちくま学芸文庫)

 

  で、『ロンドンで本を読む』は楽しい本だ。買ったままずっと読んでなかったけれど、読まないのは惜しい。イギリスの新聞のたぐいに出た書評をえりすぐったもの。クンデラエーコナボコフ紫式部遠藤周作北杜夫村上春樹、そしてこの書評集の編者である丸谷才一自身など、取り上げられている顔ぶれだけ見ても面白いが、一本一本が充実したエッセイで、無味乾燥なものは一つもない。

 北海道は明日まで寒いが、そのあとようやく春らしくなってくれるらしい。昨夜の雪はほとんど溶け、午後のにわか雪も春のぼた雪。年度替わりで、新年度に関するメールなど来る。春休みを利用して海外の学会に行ってる人からも。

 ↓これは有名なヒット曲を下敷きに、譜割りをちょっと変えて工夫したのだろう。ぼくもこんな気分。ペンを6本まとめ買い。


白い恋人コンサドーレ10周年