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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

横文字を読みつつ地層のことを思う~北海道でもアンモナイトの出るところは限られていて

 ただし、産業革命だけとっても、これまで、さまざまな論点をめぐって論争が展開されてきました。たとえば、産業革命は産業社会を生みだしたか否か、という問題です。労働者は熟練技能を失って工場で働いていたのか、それとも、手に職を取り戻そうとしていたのか。資本家は経済合理性にもとづいて利益を最大にするために企業を経営したのか、それとも、縁故採用や慈善事業といった非経済合理的な行動によって人びとから尊敬されるほうを重視していたのか。十九世紀は自由主義を信奉する資本家の時代だったのか、それとも、地主や貴族が支配していたのか。こういった点については、今でも定説はありません。

 

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

 

  さっき、日テレのニュースで「OriHime」という分身ロボットを開発した若い発明家のことが報じられていたので、大変興味を持って観た。もともと不登校児で、母親が申し込んだロボットコンテストで優勝したのをきっかけに発明の道に入ったらしくて、ぼくは今でもそういう人に何となく近しさを感じる。

 

 もちろん、ぼくはあるときから理系の勉強をしなくなった怠け者で、そんなこと言う資格はまったくないのだけれど、子どもの頃はラジオを分解したり顕微鏡や望遠鏡に熱中したりで、親はてっきりこの子はエンジニアか何かになると思っていた。理・数は成績も当時はよかった。

 だから中学~高校の数年のうちにあれよあれよと俗っぽくなり、大学も行き当たりばったりで選んだぼくが、親をどれだけ失望させたかわからない。これは当時専攻した経済学が駄目だという意味ではない。主体的に自分に合った進路を選ばず、消去法で入試に古文・漢文のない学科を選んだという意味で、そのときの「楽をしたい」という気持ちばかりは、とうてい褒められたことではないのだ。

 と、ここまではいつも書いている愚痴なのだけれど、いま思うのは、理系の素養も身につけることを心がけて、理系・文系を越えた視点で産業革命を研究する、といったことがもし出来たら、さぞ面白かっただろう、ということ。資本主義の勃興をきちんとたどりたいと思ったら、科学や工学の知識がまったく不要だとはとうてい思えない。

 もちろん、そんな指導をしてくれる先生は文系の学部にはめったにいないだろうから、現実には難しかろう。科学論のような科目が必修とされている大学でも、では先生がたが現実に理系・文系の枠を超えた研究を志しているかと言えば、ぼくの経験ではそうではなかったと思う。

 さらにぼく自身が、大学院で文学を専攻したといえば、なおさらそういう志向とは無縁のように思われてしまうのは仕方ないことだった。文学、というだけで頑迷な非・科学志向の徒であるかのように言われるのは、もうまったく普通のことであると言っていい。

 いま、大学という場所から限りなく遠く離れて、何を勉強しようが誰にも文句を言われない身分でいるが、さてこれをどう使うかだ。

 たまたまぼくはロシア語教師だったけれど、経済をかじり、文学をかじり、歴史には並々ならぬ興味があり、そうして振り返ると、これに理系の基礎知識を足せば、なんだかすごく面白い化学反応が起こりそうな気がしてくる。基礎でいいのだ。何もこれから大学に就職しようというのではない。おのれがある時期から抱え込んだどうしようもない欠落を、少しでも埋めたい。例えば、経済史なり文学史なりと、「地層」という概念とは、まったく無縁であり得るのか。

 ただ、化石拾いに行きたいと思って少し調べたら、北海道でもアンモナイトが採れる地域というのは限られているらしくて。どうしたらいいか。

 


Cracking a great fossil Ammonite open

 

雨の札幌~世界史とか英語とかをがっちりやりたかったあの頃

 高校世界史の教科書といえば、ぼくにとってはもう二十年以上前の記憶になりますが、膨大な史実と年号がつめこまれ、それらを暗記するためにラインマーカーで何度も引いた線でいつの間にかグチャグチャになった本です(それくらい記憶力が悪かった、ということでしょうか)。

 では、内容がおもしろかったかとか、その背後に歴史家の 仕事を感じとれたか、といえば、答えは「う~む」というところ。先に、「膨大な史実と年号がつめこまれ」と書きましたが、要するに、ぼくの目には「教科書=年号つきの史実が時代順かつ地域別に並べられた年表を文章化したもの」としか見えなかったのです。年表がおもしろいか、といわれたら、年表マニアは別として、たいていの人は「うーむ」と唸ることでしょう。

 こんな印象は、独りぼくだけのものではないと思います。無味乾燥な史実が羅列されているだけとか、ストーリーがないとか、単一の歴史の見方を押し付けているとか。高校世界史に対する批判は枚挙に暇がありません。

 

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

 

  高校の勉強というのは、中学のころより、格段にむずかしい。壁があるのだ。世界史だけでなく、数学も、理科も、英語もそう。学校を頼りにしていてはダメで、自分の力で壁をぶち破る気概が必要。

 それにしても、世界史はあまりにとりつくしまがない。けっきょく、自分も、受験科目にできなかった。参考書も、いいものがなかったし。

 ただ、古代史からまんべんなく…という方法をやっている人はそんなにいないだろう。19世紀なら19世紀にパラシュート降下して、そこをがっちり固め、それから広げていく、というふうじゃないのかな。

 都会の進学校のやつらは、どうやら語呂合わせで覚えるらしい、と知ったのが、もうずっとあとになってのことで、今さらアタマに入りゃしないのだけれど、参考書のたぐいはたまに読む。英語学をやってる人だってイギリス史は必要だし、ロシア語ロシア文学をやっていればやはり世界史の知識は必須。まして政治学、経済学、現代のことだけわかればいいというものではなかろう。そういう環境にないからといって何もせずになどいられない。

 英語もそうだったのだ。けっしていい参考書や教材が田舎の本屋に転がってなどいなかった。ただ、通信添削をやっていたせいで、主要事項は例文を丸暗記する方法でかなり覚えたというだけの話だ。ずっとあとになるまで長文は苦痛だったし、単語はおぼえられないし、no sooner had he left the room than~のたぐいは、いまでも少し考え込まないと訳し損ねる。ただし、こうした構文は現代の英語を読んでいるかぎりやたら出てくるものでもないので、英語力を全体的に上げていくうち、こうした事項に極端な苦手意識を持つことが次第になくなっていった。当時難しいと感じた旺文社の英文解釈の参考書は、今に至るも読みごたえがある。

 連休だが、もっと休暇っぽい気分になるかと思ったら、そうでもないな。ヒッキーもいいけれど、北海道育ちのお母さんは、本物の天才だった。


雨の札幌★藤 圭子

 

 

一九九九年のゴールデンウィークの「コステロ音頭」の思い出

「この男は、時折りなにやら言葉を口にしますが、男には男の生まれ育った地の言葉があり、私たちにも言葉があります。異国の言葉であっても、努力をすれば言葉が通じ合えるのではないでしょうか」

[…]

「それは、通詞のお方であってようやく叶えられることだ。それらのお方は、生れつき特別な才にめぐまれている。蝦夷人との場合でも、言葉はことなり、通じ合うことはなかった。が、通詞のお方たちは長年の経験で一つの言葉を蝦夷人はどのように言うかをたしかめ、それによってつぎつぎに他の言葉をあきらかにし、通じ合うようになった。それも長い歳月をかけてようやくはたすことができたもので、私たちなどにできるはずはない」

[…]

「さようでござりますか」

[…]

「それに、そのようなことを勝手にすれば、御役所からのきついおとがめをうける。異国の者に親しく接することは御法度になっている。私たちもこの異国の者の身の安全をはかることにつとめねばならぬが、みだりに親しくしてはならぬことを忘れてはならぬ。[…」」

 

海の祭礼 (文春文庫)

海の祭礼 (文春文庫)

 

  不勉強とはこのことで、いまさらこんな小説を読んでいるが、田舎にずっといるもの、情報過疎は仕方ないのよ。それを自覚して、可能な限り知識を仕入れる努力をするのよ。それしかしょうがない。

 ゴールデンウィークだ。普段から家にいるから、連休なんてぜんぜん関係ないけれど、それでも連休は連休の気分になるから、これが我ながら不思議。気温も、今日あたりはそれほど暖かくもないけれど、来週あたりは初夏と呼んでいい気温の予報が出ているから、うれしいなあ。

 今日は散髪。老母が、「髪がのびてきたじゃないの」と言ったときは、こないだ切ったばっかだよ、と返しそうになったが、たしかに伸びていて、鏡で見るとイレイザーヘッドみたいになっているので切りに行った。午後は思い立って、シャツを買いに。普段行かない洋服店の、千円の割引券をもらったのだが、その期限が四月三十日となっている。ちょうどシャツを買わなきゃと思っていたので、行ってみた。

 いつも行くところより、少し高いかもしれないが、ぼくはサイズの問題でがまんすることが多くて、今日はその点はよかった。ネクタイをしてもいいストライプのシャツ二枚。夏用の靴下三足。それで退散した。春用の、いい感じのベストが並んでいたけれど、これは店員さんにはたずねなかった。スタイルのいい人だと、五月初めくらいは柄のいいシャツの上にこんなベストを着て、ハンチングをかぶって…という感じの着こなしを見ることがある。ぼくはとうていそのセンスはなく、たいていはだぼっとジャケットを着ないと収まらない。ベストが必要な間は、冬用のを着てればいいだろう。

 でもって、寄るつもりのなかったホームセンターにふらりと入って、バッタものの音楽DVD。さいしょB・B・キングのを一枚だけ買うつもりでレジに持って行ったら、これが三〇〇円ちょっとなんだわ。「あれ、こんなに安いですか?」と訊き返したもん。店員さんも「え?」となったけど、よく見ると、「特価」の表示で、「間違いないですよ」とのこと。ならばともう二枚買った。ジェームズ・ブラウンが一枚と、レイ・チャールズとウィリー・ネルソンの共演盤が一枚。三枚買って千円くらい。連休はこれで過ごそう、と思った。バッタものの音楽DVDざんまい、最高じゃないのさ。

 それと、これを注文。上掲の『海の祭礼』の主人公、ラナルド・マクドナルドのことを書いた本。スコットランド系の父とネイティブアメリカンの母の間に生まれ、白人社会に受け入れられないことを知ったラナルドが、日本へのあこがれをつのらせて密入国を果たす、そのいきさつが、これではどう書かれているのか興味を抑えられなくなった。

 

Native American in the Land of the Shogun: Ranald Macdonald and the Opening of Japan

Native American in the Land of the Shogun: Ranald Macdonald and the Opening of Japan

 

 

  いつかのゴールデンウィーク、特急に乗って札幌へ出たはいいけれど、数日間ATMが休止していて、参ったことがある。あの時は、頼みの綱のクレカも、新しいカードが送られてきたのをすっかり忘れて、期限の切れたのを持って行ってしまった。結果、ひどい不便な旅だったけれど、北24条から後輩たちとバカ騒ぎしながら歩いてホテルに帰るのがすごく楽しかったのを憶えている。途中、まだ開いていた新古本屋かどこかでエルヴィス・コステロを買ったんだっけなあ。アナログ時代に買いそびれた、「シップビルディング」のはいってるやつ。「何買ったんですか?」「エルヴィス・コステロ」「ああ」なんて会話すら、五月の札幌の夜気とともに、はっきり憶えている。礼儀正しい、明朗な若者たち。

 

パンチ・ザ・クロック(紙ジャケット仕様)

パンチ・ザ・クロック(紙ジャケット仕様)

 

 

 あれからもう、いったい何年が経つのか。誰も訪ねてこない、知人からのメールすらめったに来ないけれど、この空の下で、あの人もあの人も、みんな一生懸命暮らしてるんだろうな。


Elvis Costello - The World And His Wife

 

小説の起源と中古マック~大気が不安定でひょうが降った四月某日

  一八世紀のイギリスにおける中産階級の台頭、その生き方に対応するイデオロギーの明確化、そしてそれに応える散文ジャンルの出現━━端的に言えば、小説の成立事情を説明するのに必要とされたのはこれらの組み合わせであり、その組み合わせの巧拙が論の有効性を左右したということである。別の言い方をするならば、小説の成立を論ずるにあたっては、他の文学ジャンルの場合と違って、話をいわゆる文学の枠の中にのみとどめておくことが不可能であったということである。小説の成立は文学の歴史の中でのひとつの事件であると同時に、社会経済史の中のひとつの事件でもあったのであり、この二つのレベルの連動性を体現したという意味では、詩や演劇の比ではない。図式化したい言い方をするならば、詩や演劇がきわめて高い教養をもつエリート層か、それを欠く大衆層を受容者としてもっていたのに対して、一八世紀のイギリスの小説はそのいずれでもない、中途半端な教養しかもちあわせない人々を受容者として選びとる。地位と教養のある人々でも、それらを決定的に欠く人々でもなく、社会経済史のただなかにあって日常生活を生きている人々を選びとる。

 

文化と精読―新しい文学入門

文化と精読―新しい文学入門

 

  メモ代わりに。こんな高度なことが自分の研究にかかわりがあるわけではないよ。ただ、小説の起源についてはいろいろ常套句があるので、こんなものを読み返したりする。むかし大学院時代に教員免許の取得がてら少しかじった知識は、もうだいぶ古いということがわかる。

 大気が不安定な一日で、ひょうが降ったり、雷が鳴ったりしていた。

 なんにもしない一日だった。ただBBCのスコットランドの局を聴いていた。

 冬は終わったのだろう。それでも夕方はストーブをたいている。連休の前に、買い物のたぐいをあらかた済ませておきたかったが、もう二七日だ。

 昨年までの研究とぜんぜん違うテーマを申請しているため、札幌の研究滞在も、少し改めて準備しないといけない。むかし勤務先の図書館を通じて集めて、ずっと寝かせてある英語の資料を、ひととおり読んでからでないと、新たに何を捜したらいいかが明確にならない。

 去年までのテーマも、まだぜんぜんひと区切りついた気はせず、アジュベイ『あの十年』、シーモノフ『われわれの世代の人間の眼で』といった本をきちんと読みたい気がする。なんにせよ、課題は山積したまま、年度だけが替わり、四月も終わろうとしている。

 大学に籍のある人は、いまという月も、いまという時代も、大変なことだろう。ここ六,七年のことは伝聞で耳にするのみで、どなたかが言ったとおり、かつてレジャーランドと揶揄された大学も、きくところではまるで刑務所だ。そういう過酷な場所での仕事が自分に勤まったとはとうてい思えないから、遠く離れた場所にいて、しばし安らいでいられることをよしとしよう。

 パソコンのことを調べるのは楽しい。買えばそれはそれでよいのだろうけど、こうして調べているときの楽しさもなかなか。ただ、踏ん切りはつかないなあ。


Used Mac Buyer's Guide - What to Consider Before Buying a Used Mac

終末のタンゴ

 労働大学予備校のある学者は泣き叫んだ。

「これはニトロ原子爆弾ですぞ。放射性核分裂です。二十年前にウエルズがそのことを書いていましたよ」

 

 

 

Trust D. E. Roman

Trust D. E. Roman

 

 

 

  ちっ、書き損じた、と思うのは、あるところに送った書き物にうっかり『トラストDE』と書いたからで、手元の吉上昭三訳のタイトルを見ると『トラストD・E』とナカグロがある。気になって仕方ないが、もうしょうがない。これから大いに勉強をして、こういうことのないようにしよう(小笠原豊樹訳はナカグロなしらしいが、こっちは現物を持っていない)。

 研究室というものを与えられていた頃、壁いっぱいの書棚を、札幌へ出るたびに私費をはたいて買う本でいっぱいにしていくのがうれしかった。たとえば、エレンブルグの英訳本なんて、やはりそうやって買って来たものだ。

 

 

 そして、それをどんどん読むことができればもっと良かったけれど、それができなかったのは、もうしょうがないこと。二十年くらい前の四月か五月、数ページ目を走らせたことを鮮明に覚えているが、そのころは教える仕事が生活のすべてという感じで、学期初めに外国語の本を読み終えるなどということは、まず不可能だった。パソコンに例えれば、メモリーが足りなかったのだろう。

 客観的に言って、英訳本の英語がそんなに難物だったかと言うと、決してそうではないと思う。きっかけさえあれば没入できたはずだ。そのきっかけをよびよせること、そこに多少のコツがあるらしいのだということは、今になってようやく思い当たることだ。たくさん仕事をする人は、そこがうまいんじゃないか。

 とにかく、魂が人質に取られているような拘束のきつい勤めを返上して、もう何年か経つ。雑事を少しずつ片付けながらやってきて、ようやく、こうした本が頭に入るくらいにはメモリーが空いたところだ。

 今読むから気づくという箇所もいっぱいあって、H・G・ウェルズのこともそう。他には、チャペックの『ロボット』のことを言っているらしいところや、ジャズへの言及も。ちなみに「ウエルズがそのことを書いて」いたとは以下の本のことだろう。

 

解放された世界 (岩波文庫)

解放された世界 (岩波文庫)

 
解放された世界 (1978年) (サンリオSF文庫)

解放された世界 (1978年) (サンリオSF文庫)

 

 

The World Set Free: A Fantasia of the Future

The World Set Free: A Fantasia of the Future

 
The World Set Free: Includes Ebook

The World Set Free: Includes Ebook

 
The World Set Free: A Story of Mankind

The World Set Free: A Story of Mankind

 
The World Set Free: A Story of Mankind

The World Set Free: A Story of Mankind

 

 

 

 過ぎたことは、もうどうだっていい。目の前のことをひとつひとつ片付けていこう。

 おとといあたりから、陽光まぶしく、ようやく四月らしい気分になったと思ったら、もう二六日だと。今年は、雪どけの時期の街路のほこりっぽさを味わう暇もなかった。

 「終末のタンゴ」、ライヴ録音をよく聴いていたっけ。


野坂昭如「終末のタンゴ」

通訳者の役割~語学検定も悪くはないが

 正解がひとつということはあり得ないのがコミュニケーションですが、それを何とか能力として測定し、スコアという数値で示そうとしているのが英語能力検定です。ですから高得点であっても、実際のコミュニケーションで高い能力を発揮するとは限りません。英語能力試験スコアが高いと鳴り物入りで入社した新入社員が、仕事をやらせてみたらさっぱりダメで、商談がまとまらないで困った、という話もあります。逆に、スコアは高くないし、流暢とは言えない英語をしゃべるのだけれど、なぜか海外で成功する、と言う人もいます。英語能力試験は、ビジネスの場における人間力や仕事力まで測るわけではないので、限界があるのは当然です。あくまで英語力の参考に過ぎないので、過信すると失敗します。

 

本物の英語力 (講談社現代新書)

本物の英語力 (講談社現代新書)

 

  これは当然のことで、ビジネスに限らず、語学のテストは研究者としての力量ともまったく関係がないと思った方がいい。英語の読解力が高ければたいていの分野の研究に有利なのは確かだが、だからといって研究の緻密さや独創性など自体がそういう語学試験で測定されるものではない。研究は研究、語学検定は語学検定、分けて考えないといけない。

 ただ難しいのは、語学検定の高得点者がいともたやすく尊敬の眼で見られるという風潮が一部にはあり、そのとき、自分は研究者だから、と超然としていられる場合ばかりではない、ということが確かにあるからだ。

 自分の分野で確固たる地歩を確立していれば、こんなことははなから気にならない。あるいは、この本にも少し出て来るが、この種の試験は過去問題を少しやるだけで100点、200点の得点アップが図れてしまう側面があり、絶対視すべきではないということがわかっている者同士なら、語学検定のスコアで何点取れるか、そんなことは小さなことだ。

 それでもぼくの場合、やはり自分で受けてみないでいろいろ言ってるうちは、はなはだ不安だった。書店に行くと、洋書に日本風の「腰巻き」がしてあり、TOEIC何点以上向け、などと書いてある。むろんそんなものは気にしなければよいのだ。しかし、自分が果たしてその基準で何点なのかというのは、受けてみなくてはやはり分からない。

 最後にTOEICを受けたのがもう三年前。7回受けたけれど、10回受けないと分からないなという気はした。これを半強制的に受けなければならない今の若い人はたいへんだと思う半面、これはこれで知的ゲームとして面白いとも思った。英語力自体をはかる試験なのはその通りなのだけれど、テクニックもないことはないのだ。

 たとえば、パート1~4がリスニングでパート5~7までが読解だが、ある指南書では、読解のパートはパート7から解答すべし、そのあと前に戻ってパート5~6を、という風に書いてあった。パート5,6は文法問題、パート7が比較的長い物を大量に読むパートだ。パート7は読んでいるうち時間切れ、と言う人も多い。それを先にやれ、というのだ。やってみたところ、そのせいかどうかはわからないが、なるほど結果はよくなった。

 何かを読んでいたら、たとえばある翻訳会社が求人をするとき、TOEICの点数があまりに高い人はかえって警戒の目で見る、とあった。産業翻訳は、納期までにちゃんとした正確な訳を仕上げるというビジネスで、点取りゲームとは全く違う、地味で苦しい仕事だ。語学検定のスコアにあまりに固執する人は、他の面でどこか欠けたところがある、と見られるのかもしれない。

 鳥飼先生が言うのもそこだ。

その上、悪いことに、英語が重要だとなると、人間を英語力で測ることが当たり前のようになり、ネイティブ・スピーカーに限りなく近く英語を話せる人が何だか「偉い」ようになり[…]

 英語の検定試験のたぐいも、試験である以上は努力目標であり得るので、それが人間としての能力一般とまったく無縁だとまでは言えない。しかし、語学の習得と人間としての立派さの結びつきは、「パート7を先に解いたらスコアが上がった」とかの小さな話ではなかろう。

 それは、宇宙飛行士の若田光一さんが、猛烈な速さでやり取りする管制官や同僚パイロットの英語を聴きとるため、練習機操縦中のやり取りを録音して繰り返し聴いて同僚飛行士を驚かせた、とか、江戸時代のオランダ通辞だった森山栄之助が、密入国でとらえられたラナルド・マクドナルドにつききりになって当時の英和辞典の発音表記をひとつひとつ質し、超人的努力で英語を習得した、というところに出てくるように思う。

そのような努力が実って、幕末の外交で森山栄之助は大活躍をします。黒船を率いて開国を迫ったペリー提督に強い印象を残し、アメリカのハリス公使など各国の外交官の間でも評判でした。イギリスのラザフォード・オールコック公使は森山について自著で紹介し「……かれは、特筆にあたいする。彼は通訳の主任であるが、その官職名[…]が示しているよりもはるかに重要な人物だ」と高く評価しています。

 誰もがそんなめぐりあわせに恵まれるわけではないし、現代のことに置き換えるのも難しいけれども、そこまでいけば、人間として「偉い」と思う。

 

海の祭礼 (文春文庫)

海の祭礼 (文春文庫)

 
幕末の外交官森山栄之助

幕末の外交官森山栄之助

 

 

 


The Role of the Interpreter

 

 

 

 

 

 

 

アメリカ野戦奉仕団というのは知らなかった~読んで得られる英語力のことなど

 英語力をつけるには、会話パターンを暗記しているだけでは効果は薄く、ともかく「読む」ことです。なぜなら、コンテクストの中で生き生きと使われている言葉を学ぶことを可能にしてくれるのは、何と言っても読むことだからです。IMFのラガルド専務理事はフランスの弁護士であり政治家で、高校時代に私と同じAFS(American Field Service)でアメリカに一年間留学していますが、高校留学で習得しただけの英語ではない印象です。記者会見での英語を聞くと、その語彙や文章の格調高さから、相当量の英文を読んでいるのが明白で、教養のある英語です。

 

本物の英語力 (講談社現代新書)

本物の英語力 (講談社現代新書)

 

  AFSって、たしか種田輝豊さんもそうだったんじゃないかと思うが、種田さんの本も自分では持っていず、あるところで借りて読んだので、要確認ではある。

 

20カ国語ペラペラ (1973年)

20カ国語ペラペラ (1973年)

 

 

 このAmerican Field Serviceってそもそも何かと言うと、

[…]二つの世界大戦で傷病兵を病院に搬送するボランティアをしていたAmerican Field Service(アメリカ野戦奉仕団)が、第二次大戦後に「戦争が起きてから活動しても遅い。戦争が起こらないように若い世代の相互理解を深めよう」と、高校生留学団体へ活動内容を切り替えたのがAFSで、現在は、多国間での高校生留学と異文化理解教育を行っています。

 って、これは知らなかった。

  で、冒頭のラガルドの話だけれど、これはラガルドに限らない、非英語国の人なのに達者な英語をしゃべる人の多くは、口先のペラペラじゃない、みな話の中身が濃い。その中身の濃さとは、やはりたくさんの英語を読んで得られたものだろう。英文紙誌や経済書、科学書、人それぞれ専門は違うけれど、みな英語圏の読み物に通じているのが感じられる。ここだ。大学受験や英検・TOEICの英語は、そういうものへの入り口ぐらいに思った方がいい。その先がうんと広く、深い。

 何でもいいけれど、今日は素晴らしい天気で、昨日おとといの冬の終わりの意地わるいじめじめした空もようが、一気に初夏になった。

 パソコンのことも悩みは尽きない。ネット上では、アウトレット、中古などでお買い得感のあるものに出会うことが多いけど、それをそのたびにいちいち買う金なんかない。ましてやMacBookとなると。ここは長考といこう。


Is the 2016 MacBook Worth It?