銀の雨
「一雄は強い子ですね」
「はい」
と私はしっかり云った。
「苦しいことにも泣かない子ですね」
「はい」
と私は重ねて云った。
「私は、いつまでもあなたのお母さんにちがいないけれど、もう母さんと呼べなくなるかもしれませんよ」
声がつまって答えられなかった。
「けれど決して泣かないことを約束しましょうね。母さんも泣きません」
「はい」
「そうして、いつまでもここにいらっしゃい。ここで偉くなって下さいね」
「はい」
と私は肯ずいた。
「お別れに、この雑記帳に名前を入れて上げましょうね」
母は色鉛筆を丹念にといでいった。二十四色を一本一本けずり上げると、その青で名前を入れたが一冊ノートの中にだけ私に読めぬ文字を書いた。
「これはね、カンナンナンジヲタマニスと読むのです。どんなに苦しい悲しいことに会っても、それに負けなかったら雄々しい立派な人になるというのです。[…]
遅い夕食を老母と。なんで遅くなったかと言うと、ちょっと寝るから、とぼくが言って奥に引っ込んだから。それで老母は声をかけずにいた。ぼくはそれを半分忘れて本を読んでいて、今日はずいぶんご飯遅いなあ…と思っていた。
どっちみち何もしない生活だから、おなかもすかない。晩ご飯があんまり早すぎると、寝る前に何か食べたくなってNG。
まだ夏至の前だけれども、今年も夏はあっという間に終わるだろう。いつも月の数に六を足しては、半年後はまた真冬だなあ、とため息をつくことの繰り返しだ。あと幾度、これをくり返すのだろう。
とりあえず、今は夏の雨が降る季節で、七月と八月の出張を終えたら、ずっとやってきたこともそろそろ総まとめになっていくだろう。師友に恵まれた、なかなかの人生だったけれど、きちんとご恩を返していないどころか、借りが増えてゆくばかりで、山積した難問は一つも解決していない。