朝日のあたる家
例えば、「トッポい」「イカレる」「ラリる」……といった表現を説明してやらなければいけないのだ。それも手紙で、それも日本人に対して。まあ、それだけだったらまだ何とかなる。日本人に対して、「潜水艦」が学生言葉で「学業不良」を意味し、「赤点」と同じだとか、「エグい」が「素晴らしい」の方の「すごい」を意味することを日本人に説明するのはつまるところそんなに難しいことじゃない。だけど、「フィグでもくらえ」のような表現はどうしたらいいんだ。先ず第一に、高見氏が「フィグでもくらえ」を「おみやげに熟した甘い無花果[フィグ]を差し上げる」の意味に取らないように、「馬鹿握り」のことであるフィグを字義どおりのイチジクの意味とはっきりと区別する必要がある。第二に、「馬鹿握り」を意味するフィグの指の形は日本人にとっては、ヨーロッパ人と、少なくともロシア人とは違った意味を持つこと。この三本指を使ったさほど複雑でないこの形は、かつて日本では、街娼たちが客を取るさいのしるしに使ったと…[…]
- 作者: アルカージイストルガツキイ,ボリスストルガツキイ,АркадийСтругацкий,БорисСтругацкий,中沢敦夫
- 出版社/メーカー: 群像社
- 発売日: 1993/07
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 1回
- この商品を含むブログ (1件) を見る
今日も雨。20℃に届かない。涼しくていいけれど、日が暮れると寒いほどだ。これでも朝方はセミがうるさくて、初夏らしかったのだけれど。
レトルトのカレーがこのところお気に入りだ。先日老母が、外出した時、天丼を食べきれずにエビ天を二本、袋に入れてもらって持ち帰ったときも、一本もらってライスの上に置き、そこにカレーをかけたらおいしかった。そんな料理はどこでも見たことがないけれど、けっこうなごちそうだった。
7月の出張の予定を決めてしまう。誰かに相談してからと思わなくもなかったが、あくまで自分のことだから、ひとに決めてもらうまでもないこと。準備がぜんぜんできていないが、できる範囲で資料収集をしてくればいいくらいのつもりで。
あとは、各種料金の払い込み。寄付金なんか払う余裕もないけれど、少し振り込む。あと、シャンプーとヘアトニック。トニックは、アマゾンで柳屋の安いのを買ってもいいのだけれど、薬局の店頭で、ひさびさマンダムを買ってみる。気分転換のつもりで。
このところチャーリー・バードのCDばかり聴いている。高校くらいで、こういう渋いものに目覚めていれば、もう少し落ち着いた、着実な人生だったかもしれないが、まああのころはパンクロックの世の中だったからなあ。でもなんか、30年前、マイルスとミシェル・ルグランの共演した『ルグラン・ジャズ』を聴いていたころのことを、鮮明に思い出す。あのなかの「ジャンゴ」が、やけによかった。あのまま地味に学習塾の講師をしていれば、もっと早くこの境地だったか。
今日も聴いている。飽きない。ガットギターの音色の地味さが、なんともいい。
House of the Rising Sun - Charlie Byrd Style Solo Jazz Guitar