俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

五月、河岸書店で~『ワルツ・フォー・デビ―』はやっぱりCDで持っていたい

 詩がそうであるように、世界も理念や概念の乗り物[ヴィークル]ではない。そのことこそが、それらがわたしたちの経験のなかにあるとともに、外在化しているという意味なのであって、世界が何で出来ているかを問うことは、決して交差することのない理念と経験という二重化を、どちらかへの一方的な還元を斥けながら、それぞれの諸相を貫いていき、その抵抗を確認していくことでしかありえないだろう。このことは、詩に関して言うならば、芸術か生活か、あるいは難解か平易かといった、ヨーロッパなら十二世紀ルネッサンスと呼ばれるトルバドールの詩文学から、そして、日本なら平安末期の歌人たちから、千年近くに渡って仮構されてきた対立が、およそ無意味で任意的なものでしかないことを意味している。本来、そこにあるものは、対立ではない。そのどちらかを捨て去った身振りをしてみせても、捨て去られたはずのものは、依然として揺らぎもなく存在しつづけるだろう。海洋か、陸地か、そのどちらかを得て、それが世界だと叫ぶことは、たやすく、そして愚かしい。

 

潜在性の海へ

潜在性の海へ

 

  

 

  五月がもう終わりにさしかかりつつある。毎年のことだけれど、4月から5月にかけての時の流れの速さ。

 ゴールデンウィークというのも、もうとっくに終わったけれども、いつの年だったか、まだ大きな川のそばに住んでいたころの五月の連休、その河岸に小ぢんまりした知的な書店があったらどんなにいいだろう、などと考えていたことがあった。

 もちろん田舎には、もはや文化の拠点となりうるような小書店は、きわめて存在しづらい。どこも大型店とネット通販に挟撃されて、そういう書店は消えつつある。もともと、学術書や洋書を置く店なんか、北海道の田舎にあった例をぼくは知らない。だからそれは、はなっから実在なんかするはずのない、意図的に見た白昼夢かまぼろしのようなものなのだ。でもぼくはその夢の書店に「河岸書店」という名前までつけて、大学ノートに「五月、河岸書店で」といううわごとめいたメモを書きつけた。

…とここまで書くと思い出すのだが、上に書いたぼくの「五月、河岸書店で」は、当時読みかけのままいまも読了していない堀江敏幸の小説を、きわめて表面的になぞった作文にすぎなかったと思う。思う、というのは、もうその大学ノートの現物は出てこず、確かめようもないから。

 そう、大学ノートに着想をメモして保存するといったことすら、もうその時はできなくなっていて、そんな荒廃した自暴自棄の生活のなかから、なんらか研究と呼べるものが生まれるはずもなかった。世の中には大学教師をしながら作家活動をする人もいるらしいことを知って、いったいなぜそんなことが可能なのかと、ただただふしぎな気分だった。

 

 

河岸忘日抄 (新潮文庫)

河岸忘日抄 (新潮文庫)

 

 

 ではあるけれども、そこにあの時の五月の陽光や、川面のきらめきや、ちょっとどぶくさい淡水と海水が混じり合う臭いや…が作用したこともまた否定できないことで、憶えているうちにここにメモしておこう。

 理系の先生が詩や俳句・短歌をやるのはよくあることで、ならばぼくらが大学勤めのかたわら文学活動をできないこともないはずだが、そういう例を案外知らない。ぼくも本当は外国語は口実にすぎなくて、『現代詩手帖』の常連投稿者になりたかったのかもしれず、そういえばここではどこへ行けばそういう雑誌のバックナンバーがそろっているのだろうか。

 有名詩人の詩・詩論はそれはそれで素晴らしいが、ぼく自身は、名のある詩人ではなくそういう雑誌の投稿詩や詩論に多くを教わった気が今でもする。そういうものの抜き書きやコピーの切り張りをきちんと作っておく習慣が当時あれば、今ごろたいへんな財産だったはずだ。

 ともあれ、四月、五月は、あわただしかった。心休まらず、心配事を抱えたまま、月を越えてゆくだろう。静かに暮らしたいなあ。

 話は変わるけれど、アマゾン・プライムで100万曲以上が聴き放題というのを、ぼくは今までほとんど使ったことがなかった。今日、ビル・エバンズ『ワルツ・フォー・デビー』、CD店に買いに行こうかと思ったが、これで聴けるのに気づく。タブレット端末からライン出力してステレオで鳴らすと、案外いいわこれ。これだもの、CD店、書店、大変なはずだ。ただ、これと『バド・パウエル・イン・パリ』は、CDで持っていたくなった。

 

ワルツ・フォー・デビイ+4

ワルツ・フォー・デビイ+4

 

 

 

バド・パウエル・イン・パリ(SHM-CD/紙ジャケットCD)

バド・パウエル・イン・パリ(SHM-CD/紙ジャケットCD)

 

 


Waltz for Debby - Bill Evans - Piano Solo - Cover