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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

ドラマチック・ブルース~是清さんも熊楠たちを教えた語学教師だったらしいことなど

ロンドンの空気も、けっして日本にとってよいものではなかった。日英同盟はあったが、これは戦争の相手が二ヵ国になったとき共同参戦するというもので、相手が一国の場合は援助する必要がなく、イギリスは中立国の立場にあった。また王室の関係からいっても日本に金を貸すことの危険は大だった。高橋はまず金融界の巨頭たちと親密になることによって、このような空気をときほぐそうと持ちまえの精力的な努力を続けた。それであるから、三十七年五月イギリスの銀行家たちによって予定の一千万ポンドの半分五百万ポンドを六分利付、関税収入抵当という植民地的な条件で、ともかく成功させるまでの高橋は大変な努力をした。当時、国際金融を牛耳っていたロスチャイルド家やカッセル家とも交渉を続けながら、実際の起債の仕事は正金、香港上海、バースの三行にやらせるという堅実な方針ですすみ、対日感情を有利に展開させるように心をくだいた。

 

 

高橋是清―財政家の数奇な生涯 (中公新書)

高橋是清―財政家の数奇な生涯 (中公新書)

 

 苦労して仕送りをして大学に送り出したわが子が、友達もできず、学校にもなじめず、思った勉強もできず、自暴自棄で不真面目な悪い子になって帰ってくる。大げさに言えば、ぼくが最初大学に行って帰省してきたとき、親の目にはそう映っただろうと思う。

 だからというわけでもないが、姪たちが親元を離れて学生をしていると、そのことがいつも気になる。

 かといって、大学に直接乗りこんでいって、うちの子にはこういう勉強をさせてください、と注文をつけるようなことをすると、いわゆるモンスター何とかだ。英語ではparachute parentsとか呼ばれているのを読んだ記憶がある。学生寮の舎監に相談の電話が来るくらいなら昔からあったが、アメリカでも些細なことで学生部長に直談判を申し込む親がいるとか、あれは何で読んだんだろう。で、ぼくは親じゃないし。

 むかし子供らが小さな頃うちに来て読んでいた絵本やマンガ本は、今でもそのままにしてある。片付けてもいいが、そうするとさびしくなるので。

 で、そこに新書本のたぐいを並べてある。興味があれば(興味がなくても)、持って行ってパラパラ眺めてくれればいい、そんな本。今年の正月、上の子が帰省して、うちにも顔を出し、何冊か置いてある本を持って行った。

 「読んだか? どうだった?」ということはしないようにしている。読まずとも、表紙を眺めるだけでも違うだろう。是清さんのことは講義で出てきたみたいなことを言っていたが、二〇歳くらいでは経済運営の機微が実感としてわかるはずがない。

 内田春菊の漫画では、南方熊楠の東京時代の英語の恩師が是清さんだった。wise womanというと「賢い女」ではなく「まじない師」の意味になるんじゃないかのう、と米国仕込みの英語の使い手である是清さんに逆質問する、そんな場面があったっけ。

 

 

 こういう話をうんと仕込んでおいて、千変万化、自由自在の脱線ができる、そんな先生を目指していたのは、つまり昔の自分に、そういう親身な教師がいてほしかったからだ。どうもこの話は、最後にはそこに行きつく。

 四月は語学教師にとっては憂うつな月。語学やる気ないんでヨロシク、という若い人が何百人と攻めて来る。それを一年かけてこっちの味方につける、そこが腕の見せどころで、それだけは面白かった。それさえあれば、業績とか研究とか、もうどうでもよかったな。

 あの頃、語学に関係なく、気まぐれにいろんなCDを講義室でかけたが、これはさすがにまずいか。


應蘭芳 ドラマチック・ブルース