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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

戦後すぐの日本ではマルクス経済学が主流だった~Surface pro 3は三年目の春

 私が大学の経済学部に入学したのは一九六九年。当時の全国の大学の経済学部は、マルクス経済学とそれ以外のアメリカ流の経済学(当時は「近代経済学」という呼び方がされていました)を教える先生の数が、ほぼ同じか、マルクス経済学を教える先生の方が少し多いくらいの状態でした。

 社会主義の国がつぶれてしまったら、「マルクス経済学はやはり間違いだったんじゃないか」ということになって、今全国の大学でマルクス経済学をちゃんと教えている学部は、ほとんどありません。経済学といえば数学を使った理論というふうにすっかりなってしまったのね。だけど戦後しばらくの間は、日本中みんなマルクス経済学を教えていたんです。

 

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」

池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」

 

  ふと思うのは、アメリカにはリベラルアーツカレッジという、教養科目だけを教える大学があって、そこを優秀な成績で終えた者が東部の名門大学の大学院へ進み、エリートコースをきわめてゆく、という、どなたかが書いておられたこと。日本ではユニヴァーシティとカレッジの違いは総合大学と単科大学というくくりで説明されることが多いけれど、リベラルアーツの大学というのは、最近になってようやく、国際教養学部などの新設で認知されるようになった、という感じだろうか。

 で、ふと思うのは、日本ではこのリベラルアーツカレッジに相当する機能を担ってきたのが、全国の大学の経済学部なんじゃないのか、というあらぬ思いで、むろん、それだけ幅広いことが日本の経済学部で教えられていたと主張する気もないけれど、高等教育を受ける人口の相当部分の受け皿、という意味合いで、そう思ったりもする。教えられていたことの幅というのはたぶん「戦後社会科学」のワクにほぼ入ってしまうくらいの、大塚史学、丸山政治学、宇野経済学、川島法学…という品ぞろえで、ただし改めてこう書きだすと、日本的官僚や上場企業サラリーマンの教養って、まさにその辺だったんではないですか。まあそれをリベラルアーツとは言わないが、必須の素養という意味で。

 何度も書いていることだけれど、80年代のはじめというのはまだ70年代が終わりきらずにいた時代で、たとえば、新書本の一斉値上げが発表されたときのニュースでは、大学生などがよく読む新書本が…という報じられかただった。世間ではまだしばらくは、大学生は読書階級というとらえかたが、ほんの少し有効だった。そして、まさにそれくらいまでは、マルクス経済学をきちんと教える習いが、多少ともあったんじゃないだろうか。

 Surfaceを買って二年経つけれど、あの春は忘れない。このPro 3、タイプカバーが無料、というキャンペーンで買ったのだった。ネットでは品切れで買えず、電器店の店頭へ行くも半月待ち、とか、そんな人気ぶりだった。

 ↓当時、このひとのことはぜんぜん知らないのだが、買う前、この動画を何回も見た。この季節になると思い出す。冬も本当に、ようやく終ってくれそうだ。無事に春になるよう。希望を持とう。


[速報] SurfacePro3 電撃発表! 窓辺PADにするしかない! [出遅れ]