俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

Eleanor Rigby~書棚の奥からJ・アップダイクまで出てきて

 やけに春めいて、陽光がまぶしく、気づいたら札幌の大学に滞在していた。そこでは古い友人たちが大学院生時代そのままにアルバイトをし、その一環なのか、ポーランド語の講読会などをやっている。ぼくはいつもと違い、事務室の一角にデスクを用意してもらうが、事務員だと思っていた人らがみな研究者でもあるらしくて驚く。壁の書棚には、ジョージ・トルストイ『血はよみがえる』という小説の戦後すぐのボロボロの訳書が並んでいるが、こんな小説は今まできいたことがなかった。ふと、コンピューター言語の重要性に行きあたり、その専門家の研究室を訪ねる。C言語、あれは労働統計ですよ、という話。ああ、それなら自分にもこなせそうです、と答えるが、こんな先生ここに居たっけ? C言語が労働統計って…

 ここで目が覚めた。

 夢を見て寝ていた。午前6時。まだ二月。あんなうららかな春は、まだひと月半も先だ。

 夢は忘れてしまうが、たまに枕元のノートにメモっておくことがある。それでどうしようというわけでもないが、場所が決まって大学だったり、見たこともない本が置いてあったり、そんな夢を見ることが何と多いこと。

 夢と現実は、微妙なところで混じり合うこともあって、昨日通り過ぎた電気屋で、ずいぶん昔ウェス・モンゴメリーのLPを買ったことがある気がしたが、むろん今ではLPなど置いているはずはないし、確かめるためだけに店に入って何も買わずに出るのもいやだから入らなかった。これなどは、いつかの時点で、きっと夢の一部に加工されて出てくるのではと思う。ちなみに上記の夢の中でコンピューターのプログラミングのことが出てきたのは、昨年秋の学界で、JAVAを駆使してネット上の教材を作っている先生の発表を聞いたことが残っているのだろう。

 今さらのように外国語を読む日々だが、ぜんぜん本来やるべきことと関係ない洋書を、語学のトレーニングと称して読みふけっているのもいいんだか悪いんだか。とにかく、千ページくらい読めば渇きが癒えるだろうなどと考えつつ、アップダイクの『S.』などというのも書棚の奥から出てきて、ええい目障りだから読んじまおうかどうしようかというところ。ロシア語の大きな本棚はとうとう開かないまま(ルームランナーを置いていて、それをどけないとガラス戸を開けられない)、二月の末を迎えつつある。英語週刊誌はたまってしまった。

 午後一時からの文化放送『ミスDJリクエストパレード』も、ひょっとしたら夢かもしれない。千倉真理さんは、少しおばさんぽくなっているが驚くほど昔と変わらないし、サザン・オールスターズ「ミス・ブランニュー・デイ」、佐野元春「Sugar Time」、南野陽子はいからさんが通る」、森高千里「わたしがおばさんになっても」などがガンガン流れる。いま西暦何年ですか?


Wes Montgomery / Eleanor Rigby

 

S.: A Novel

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