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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

たそがれマイ・ラブ~ぼくの経済学の知識はもう古いのだけれど

よく、公務員を減らそうとか、公共事業を減らせば財政再建できるとカン違いしていますが、全くそんなことはありません。それをやると、不景気になって、税収が減るからです。

 

  いい加減英語を読むのに飽きて、こんなのを。

 まあ、百円の電子書籍だからなあ、と思いつつ、30分くらいで読めてしまった。マクロ経済学の上っ面の上っ面だが、↑この点は押さえてある。

 ずっと以前、アメリカの自動車会社の公的資金投入による再建にかんする英文の論説を読んでいた時のことを思い出す。公的資金を突っ込んで会社を救うんだから、労働者の賃金カットも厳しくやるべきだ、という世論に対して、その論説は、そんなことをやると国内消費が減退して、アメリカ経済には大打撃になる、と警告していた。マクロ経済学をまともに学べば、そういう結論になる。

 で、これを読むというほどでもなく読み終え、テレビのスイッチを入れたら、放送大学で、「あの名講義をもう一度」といった番組をやっていた。この声と風貌は、西部邁。なつかしいなあ、ソシオエコノミクス。講義名は『近代経済思想』で、その第一回の「経済思想とは何か」の映像。これが見ごたえがあった。

 ぼくが観た時はもう後半のほうだったのか。理論・分析といった用語にイデオロギー・思想といった語を対置させ、なぜ「思想」が問題になるのかを導き出していた。

 近代経済学古典力学を模して、数学を用いて、きわめて科学的な装いのもとに登場した。そしてそれが、その外観通りに自然科学のようなものでありうるとすれば、理論や分析があればそれでよく、その思想は不問に付されてよいはずだ。理論や分析が、問いに対する答えを数学的・一義的に答えを導くはずだからだ。公理aから導かれた理論tは、現実に合致すれば正しく、合致しなければ棄却される。

 ところが現実には、社会科学、ことに経済学においては公理a1にもとづいて理論t1が導かれ、それを現実と照らし合わせるとそれなりの裏付けを見出すことができる。そして公理a2にもとづいて導かれた理論t2もまた、現実に照らすときそれはそれである程度証明出来てしまう。さらに公理a3にもとづくt3も…というぐあいに、社会科学の領域では、n個の公理にもとづく同数の理論が、決定的な反証の挙がらぬまま並立している。

 ここで、理論を現実に照らし合わせることは脇へ置き、公理=そもそもの前提自体が現実の中からどのように抽象されてきたかを問うことが必要となってくる。この、現実から公理=前提を取り出してくる営みを解釈と呼んでも、思想と呼んでもいい。それはもっぱら数学のような人工言語ではなく、自然言語で行われる。こうして、経済「理論」に対置される形で、ことばの営みとしての経済「思想」を問う必要が課題として浮上する…

 概略、こんな話。価値判断と事実判断の話も出てきて、社会科学においては後者「…である」と前者「…べき」は混じり合い、厳密に峻別することなどできない、といった話も。事実の価値負荷性、なんて懐かしい言葉も出てきて、いやあ、あれからもう30年も経つなんて、と、ひとしきり感慨にふけった。

 で、西部さん、ヨゼフ・シュンペーターの名を何回も出すんだね。彼の『経済分析の歴史』 であつかわれているのは、ここで言う「思想」に属することだ、と。で、あれは英訳を持っているので、探しに行った。雪かきをしていなかった書庫の前をスコップできれいにして、開ける。でもないんだ。ひと通り棚を見たけど、あるべきところにない。もう少し暖かくなったら、少し整理がてら捜そう。

 ということで、他の本、数冊もって来た、思いがけず経済学な一日。どれも古い本だけれど。

 

アダム・スミス (岩波新書 青版 674)

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資本論の世界 (岩波新書)

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増補 ケインズとハイエク―“自由”の変容 (ちくま学芸文庫)

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The Archaeology of Knowledge: And the Discourse on Language

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ロシア語の体の用法

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ロシア語の体の用法 練習問題編

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ロシア語史講話

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森昌子 たそがれマイ・ラブ 昭和 54 1 Masako Mori