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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

恋とは何でしょう~学習法としての「多読」について考えた後、イプセンの戯曲を英訳で読み終える

英語で読書を楽しむ三原則

1.辞書は引かない

2.わからないところはとばす

3.つまらなければやめる

 

あなたも読めるペーパーバック!

あなたも読めるペーパーバック!

 

  今日は、最低気温はそうでもなかったけれど、日中ずっと小雪で、暗く寒かった。それでも、アスファルトの路面は凍っておらず、黒く濡れていたから、こういうところにほんの少し、冬の終わりが近いかもという気配を感ずる。

 歯医者と散髪のため家を出たり入ったりして、まとまった時間取れず、合い間に読もうと、キンドルでこんなのを買ってみた。「ペーパーバック」がキーワードになっているが、やはり英語学習法としての「多読」のことをうんと平易に説いているもので、その論旨にぼくが特に反対する筋合いはない。

 やはり、辞書は引かない、というその一点だろうな。これは、正論ではあるのだ。知らない語をいちいち辞書で引いていてはかんじんの本の内容を見失うから、とにもかくにも読み終えることを優先すべし、というのはその通りなのだ。

 しかし、八割の理解度でいいから、辞書を引かずに読み通す、ということは、言うほど簡単じゃない。たとえ難易度別になった本の中から自分の英語力に合ったものを選ぶとしても、自分の実力がその本とそのような相関をなすとは、必ずしも限らない。理解度が七~八割ならいいが、これが六割、となると、興味を持って最後まで読み通せるかどうかはかなり微妙だ。繰り返し出てくる単語はおのずと意味がわかる、というのもケースバイケースで、肝心の語を辞書で引かないばかりに全体のあらすじが五里霧中、ということもよくある。

 で、けっきょくは個々人の決断次第ということになるのだけれど、辞書は必要に応じて引いた方がいいと思うけどなあ。ここに何度も書いている通り、初級のうちは話はまったく別。基礎もままならない子らに辞書を引けというのは、指の神経の訓練にしかならない。その段階を抜けて、さらに上に行こうとしている人たちの話。語彙が増えていく楽しみというのは確実にあって、それがないと、いつまでたっても同じレベルにとどまって、読書もつまらないままなんじゃないか。

 わからないところはとばす、というのは、これはその通りだったりする。高校の先生が、「コンマとコンマの間は『』でくくる」という読解法をよく教えてくれると思うけれど、その『』でくくった部分をまるまる飛ばして読んでいたりということは、速読しているときは、よくあることだ。つまらなかったらやめる、これもまあ異議なしだ。

 夕食の後、キンドルを充電し直し、イプセンの戯曲の英訳をひとつ読み終える。北欧語はぼくはまったく読めないから、どうしても英訳を拾ってきてしまう。単語はやはり引くが、ところどころとばしているのも確かだ。pax vobiscumなどというラテン語は、引かなきゃわからない。「平和が汝らとともにあらんことを」だそう。

 

 ソニー・ロリンズというとプレスティジ時代のものがやはり一番聴かれているんだろうけど、こないだラジオで流れていたのは、ブルーノート時代の、ピアノが入らないトリオでやってた時代のものだろう。コンプリート版が出ているんだな。ダウンロードだと1800円。むかし買ったLPが、あるはずなんだが。


Sonny Rollins - What Is This Thing Called Love?