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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

情熱~数年ぶりに徳永康元『ブダペストの古本屋』を手に取る

 ヨーロッパへ旅行する度に、私にとっての何よりのたのしみは、あちこちの町での古本屋めぐりだ。ことに近年は、日本国内のと同じ手の、国際古本屋地図という、重宝なものまでできて、ほんの二、三日すごすだけの旅行先の町でも、地図を見てうまく予定を立てておきさえすれば、その町の主な古本屋を順々に一まわりして来られるようになったのは大変有難い。

 第二次大戦の初期、私がハンガリーで学生生活をしていた頃には、まだこんな便利な手引きはどこにもなかったから、旅行に出て何処かはじめての町に着くと、先ずあてずっぽうに一軒の古本屋をさがし当て、その店で街の地図を書いてもらっては、次々とほかの店を訪ね歩いたものだった。

 高価な稀覯本などには縁のない私でも、こうして永年、古本あさりをつづけていると、たまには雑本の山の中から思いもかけぬ掘り出し物を探し当てたこともある。今、自分の書庫の棚を眺めていると、あそこにあるロシアの言語学者ポリワーノフの論文集は、独ソ戦の最中にソ連経由で帰国する途中、船待ちをしていたコーカサスのバクー港の古本屋で、棚のすみから見つけ出したのだったとか、あちらにならんでいるプティトのエスキモー語辞典は、戦後久しぶりでヨーロッパに行ったとき、パリのサン・ジェルマン通りの古本屋の地下室に、出版後百年近くもアンカットのまま眠っていたのを、おどろくほど安い値段で譲ってもらったのだったとか、一つ一つの古本を買ったときの情景まで目の前に浮かんでくる。

 

ブダペストの古本屋 (ちくま文庫)

ブダペストの古本屋 (ちくま文庫)

 

  ぼくの持ってるのは文庫じゃなく、恒文社から出た単行本だ。とにかくこの人のお弟子さんに当たる千野栄一先生の『プラハの古本屋』の影響がでかすぎて、それでその師匠に当たる徳永先生のこの本も、たしかいつだか復刊になって、すぐ買ったのだ。

 こういうのは、まねしようと思ってできることじゃない。だいたい、戦中のバクーの街になど、行きたくてもタイムスリップできるわけじゃない。こうして大先生が回顧しているエッセイを、ため息をつきながら読み返すのがせいぜいだ。

 ぼくも大学のせんせーをしたけれど、ぼくのころには大学教員の社会的役割が激変していて、何とかモスクワ研修を認めてもらった最初の三年を除くと、夏休み30日、本集めと語学研修を兼ねて東ヨーロッパのどこかに…というのは、もうできなくなっていた。

 ポリワーノフと聞いて思い出すのは、研究費で買ったまま書棚に並べてあったリプリント版の数冊で、いつか読みたいと思いつつ、研究室を返上するときに返却してしまった。あれは高かったから、研究費のおかげで買えたのだけれど。

 大学というところへは、年数回、用事があって出かけるだけになった。おととしから先月にかけて、数回に分けて札幌で研究滞在を認められて、あれでずいぶん本のコピーをとった。スキャンしてこのSurfaceの中に入っているのもあって、それで満足しよう。もうあのポリワーノフの数冊を手に取ることはないのだから、ポリワーノフを研究費で買ったこと自体、忘れていいのだ。どうしても読みたくなったら、またどこかの大学で捜そう。

 今日はなんにもしない一日。PBSとABCナイトラインだけ観た。語学力だけは自分のものだから、おかげで素材さえあれば勉強は続けられる。

 ハンガリー語は、やったことがないが、興味をかきたてられたことは何度もある。この話はいずれまた。

 

 

 

ニューエクスプレス ハンガリー語《CD付》

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