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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

NO天気な恋の島~今年二冊目はバートランド・ラッセルでどうか

Now, apart from arguments as to the proved fallibility of memory, there is one awkward consideration which the sceptic may urge. Remembering, which occurs now, cannot possibly -he may say- prove that what is occured at some other time, because the world might have sprung into being five minutes ago, exactly as it then was, full of acts of remembering which were entirely misleading.

 

Bertrand Russell's Best (Routledge Classics)

Bertrand Russell's Best (Routledge Classics)

 

 

 

Russell's Best

Russell's Best

 

 

 

Bertrand Russell's Best

Bertrand Russell's Best

 

 

 

  寒い一日。でも、日没はだいぶ遅くなって、4時半ごろでもまだ薄明るい。

 こんな本も持っていて、これもどこで買ったのか覚えてないのだが、裏表紙に「290円」のエンピツ書き。英語学習の王道というか、よくできる高校生なら、むかしはこんなのを読んでいたんだろうな、という本。あるいは英文科の一、二年生か。今年二冊目はこれでもいいような気がして30ページほど読んでいた。

 ただ、あまり無理もいけないな。『ジャパン・タイムズ』日曜版とこれと読んで、英語はこれくらいにしておこう。根を詰める、というのも程度問題で、熱を出して寝込むようでは何にもならない。

 こんな平易なものを読めたからといって今さら自慢にもならないが、それでも「一冊読み切る」というのは、たいそう自信になる。英語に関してというより、生きること全般に関して、多少のことはまあ構わない、という落ちつきを得られる。言い換えれば、人生が寂しくなくなり、やたら他人に膝を屈して友誼を乞うことはぜんぜん必要ないじゃないか、という気持ちになる。

 大学教師時代も、この本はずっと本棚にあって、読まれるのを待っていた。あのときは、ひとり暮らしのマンションで、勉強机や電気スタンドを備えたものの、ついにそこで本格的な読書も執筆もまったく手につかないまま終わった。自分は語学の専門家、というのは大いに錯覚で、まだまだ学習途上の半端者に過ぎなかったから、例えばこんなものでも、当時は読むのに苦労しただろうと思う。過ぎたことはもういいので、遅ればせながら今は読めるというそのことを大切にしたい。

 繰り返すが、ぼくの専門は英語じゃない。このあとロシア語作文だ。


C.C.ガールズ NO天気な恋の島 1992