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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

多読というほどの多読でもないが、今年一冊目はスタインベック

"Awright," she said contemptuously."Awright, cover 'im up if ya wanna. Whatta I care? You bindle bums think you're so damn good. Whatta ya think I am, a kid? I tell ya I could of went with shows. Not jus' one, neither. An' a guy tol' me he could put me in pitchers. . ."

 

Of Mice and Men

Of Mice and Men

 

 

 

Of Mice and Men

Of Mice and Men

 

 

 

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

ハツカネズミと人間 (新潮文庫)

 

  下層の人々の方言というか変種というか、そういう破格の英語だが、破格なりに一定の法則性があり、見当がつく。飯場の元締めの息子の嫁に来たという女性が、稼ぎ人らに見くだされて言い返す場面だが、あたしはショーにだって映画にだって出られたのよ、というようなことを言っているところ。pitcherがなんとpictureの方言なのだ。この部分は辞書でわかった。仮定法過去完了のcould have がcould of になるのはよくあるだろう。他に、二重否定で肯定ではなくやっぱり否定をあらわす破格の多用、be動詞の不一致、過去分詞形と過去形の混同など。

 短い小説だが、一日じゃ読めない、三日かかるだろう。今日二日目で、あと30ページほどある。愚者の聖性みたいなことを考えながら読む。80年代の小説とか漫画とかで、こっち系のテーマの変奏はよく見かけた気がするけど、亀和田武とか、栗本薫とか、書庫、押し入れ、全部ひっくり返さないと出てこないだろうな。

 昨年の今ごろ、未明から起きて、さかんに原書を読んでいた。一昨年もそうだっただろう。が、このところ、雑誌、新聞に気を取られ過ぎて、横文字の本を一冊、二冊、と着実に片づけていくことをしていなかった(なにしろ語学総復習の最中でもあり)。で、枕元にずっとあったこれを。

 二つ目の大学時代の古本屋で、200円で買った、この小説。記憶に間違いなければ、ぼくが生まれて二冊目に読み切った英語の小説はやはりスタインベック"Tortilla Flat"だったはずだ。大好きだったな。それで読もうと、これも目についたら買っておいたんだっけ。引っ越しのたびに、処分せず、本棚にずっと並んでいた。"Grapes of Wrath"も書庫から持ってきてある。そういう本がいっぱいだ。ぼくは有名大学出身じゃないけど、茂木健一郎氏の言う英語の「多読」、今日までずっとやっている。ロシア語の教師だったときも、これで英語は終わりにしようと思ったことはない。ぼくから見ると、茂木氏は斎藤兆史教授と資質的にあまり変わらない人に見える。決して英字新聞や雑誌じゃないところが、何とも興味深い。

 いつものことだが、一月の長さ。しかも最強寒波がやってくる。しかしこれを過ぎればまた、大好きな二月がやってくる。


脳を活かす勉強法。「多読」