コーヒーショップで~大津事件を調べかけたままであることなど
猪瀬──外国人が思っているような独裁者ではないですね。実際の政治は元老がやっていたんですから。ただ、指導者としてのイメージは別にあったと思います。
たとえば日清戦争のときに広島まで行ってあそこに大本営を築いた。木造二階建ての簡素な建物だったにもかかわrず不平ひとつ言わなかった。側近の者がお召換えをすすめても服務中は規律正しく軍服で押し通した、などという「美談」があります。また、例の大津事件、ロシアの皇太子が兇徒津田三蔵に斬りつけられた事件です。明治天皇はロシア皇太子を軍艦に見舞うのですが、岸に残った人々は天皇がそのままロシアに連れ去られるのではないか、と本気で心配したんです。大国ロシア対小国日本という図式ですね、まだ。天皇は浜辺から小舟に乗って軍艦まで行くわけでしょう。みんな帰りを待っている。そのなかに畠山勇子という女性がおりまして、感極まって切腹しちゃうんです。実際には、浜辺でなく京都府庁舎の前なんですが、凄いですよねえ。[…]
この本は、もう古いんだろうけど、たまに読み返す。発想のタネがぎっしり詰まっていて、今読んでもなかなかだ。
大津事件のことは、ぼくは人並み以上には知らなかったのだが、多少勉強して、勤めているとき、講義で取り上げて、それを扱ったドキュメンタリー番組などを講義室で見せていた。期末のレポートにはそれを取り上げる若い人が結構多くて、たいていはコピペだが、かなり頑張って自分のことばで書いたものが数編あって、いい思い出だ。
短いレポートでは卒論並みのことは期待できず、それでも明治天皇のことを熱く語るレポートなどがあって、採点していて面白かったのを覚えている。
渡部昇一ふうに言う知的発想の源泉としての”井戸”。それはなにも外国語の文献に限らない。日本史はどこの高校でも教えてくれるから、それを徹底的にやると、立派な井戸になる。高校時代さぼったからと言って手遅れではない。いつから始めてもいい。
日本経済史の分野でも、大江志乃夫などという大先生がいた。外国語の文献を使っていないから浅い、などということは決してない。上の本の山口氏にしてからが、学部は国史専攻で、人類学を専攻したのはそのあとだ。だから、日本のことにもすごく強い。
これは山口氏は自分で書いているわけではないが、察するに、大学の受験科目は世界史ではなく、日本史だったのだろう。外国文学者でも、世界史ではなく日本史を選択したふしのある人は何人かいる。日本史をやったから外国語の文献を読めなくなるということも決してないので、日本史のほうがとっかかり易ければ、そこから歴史に入ったって、なにも悪いことはない。
大津事件は、文献を集めたまま、手つかずで勉強部屋に並べてある。ほんのついこのあいだという気がするが、あれがもう十数年前の1月だった。学術論文というほどじゃないにせよ、紀要の抜き刷りを授業で配って資料として使えるくらいの書き物をすることを目指していたが、積み残したままになっちまった。
児島惟謙(こじまこれかた) 大津事件と明治ナショナリズム (中公新書)
- 作者: 楠精一郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2014/02/07
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