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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

六本木のベンちゃん~財力のない貧者にとっての学問とは

C いやしくも研究である以上、現代文化関連で分析する場合は特に、財力に合った対象を選べ。 現存する作家の場合、インタビューに赴くことも必要だろう。選んでも、主題に見合った投資ができなければ無意味である。

 

メタファーはなぜ殺される―現代批評講義

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  研究者になろうとする場合、ものをいうのは財力だ、といったことをはっきりと読みかじったのは、たしか巽先生のこの本、と思いつつ、二時間ほどどの個所だったか探す。ようやく見つけた。

 よく読み返すと、学生指導のマニュアルの話だった。卒論研究に必要なのは、知力、体力、財力、この三つであり…という話をゼミの学生に指導するのだそうで、これならまあわかる。

 お金持ちのお坊ちゃま的なことが述べられていたような印象が残っているのは、現実にアメリカその他の現地へ調査やインタビューに赴いた過去の卒業生のことが言及されているからだ。それが研究というものなら、ぼくは初めから研究になど縁がない、ような気がしたのは、半分はひがみで、半分は真実。

 特売の日なので米を買いに出て、今日は混んでいて精米に時間がかかる、年内にまた特売やりますよ、と言われて帰ってきたら、玄関に洋書が三冊届いていた。その種の請求書を数日でも放置することのできないぼくは、雪の中を歩いて郵便局まで振り込みに行った。届いたのは英語が二冊、ロシア語が一冊。いずれも古書。うち一冊はE・H・カーの『ロマン的亡命者』。500円だった。表紙の裏に「東京泰文社」のシール。ぼくは行ったことないが、1996年まで神保町にあった洋古書店とか。たしか96年秋には神保町で一日洋書を買いあさった日があったはずだが、そのときはもうなかったのだろうか。そのときたしか『ポストモダンの押し入れの中のモダンの骸骨』という本が投げ売りされているのを買ったが、あれはどこだったか気になって現物を見ると、北沢書店のシール。ずっと後になって北沢、また行ったら、洋書は基本、注文のみ、みたいな店になっていた。あのときは和書を一冊買ったのかな。立川健二さんの本。

 東京で知り合いになったさる先生は東京で大学院へ入る前は地方の大学で学んだそうだが、その頃のほうがひんぱんに神保町へ通っていた、とおっしゃっていて、へえ、と思った。北海道からじゃ無理だ。

 巽先生は確か渋谷の喫茶店『ウェスト』を貸し切りにして行われていたSFファンの例会みたいなものの常連だったように聞いたけど、それにもたまに遠方からの参加者があったらしい。それこそ今じゃスカイプがあって、その意味でインターネットは貧者の味方、という一面はあるのである。

 もうあんなに本を買うこともないのだが、カタログを送ってくださる古書店さんがあり、つい買ってしまう。

 

The Romantic Exiles

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Modern Skeletons in Postmodern Closets: A Cultural Studies Alternative (Knowledge : Disciplinarity and Beyond)

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ポストナショナリズムの精神

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インターネットは貧者の味方!―アメリカ文化サイトを歩くには

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六本木のベンちゃん(小林克也&ザ・ナンバーワンバンド カバー) フカイデカフェ(深町栄・井手隊長)& 高橋結子