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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

冬の駅~外国のテレビ・ラジオをわかるには現地に五年住まなければならない・か?

[…]もっとも、私は本よりもソ連の衛星テレビから入ってくる情報に熱中している。活字に比べてテレビの検閲は明らかにゆるい。それだから、ソ連の現実を知るためにはテレビを見ることが重要だ」[…]「ブラシュコ先生が録画してくださったニュース番組は、毎日見ています。でも、ロシア語は2割ぐらいしかわかりません」「テレビのロシア語がわかるようになるためには、モスクワに5年くらい住む必要がある」[…]

 

プラハの憂鬱

プラハの憂鬱

 

  今ではネットで観ることのできるロシア語のテレビだが、あんまり観ていないのは、やはり分かり方が英語ほどでないから、がっくり来るのだ。これはラジオでもそうで、ネットでいくらでも聴くことができるが、早口の激論になると、もういけない。とくに電話越しの、音のつぶれた早口は、まずわからない。

 それでも絶望してはいけないのは、読む力をつけることで、ニュースのロシア語はかなりわかるようになる。「検察は殺人容疑で立件の方針」「けが人は病院に搬送され、ひとりが重体です」「投票結果には拘束力はなく、自治体は義務を負いません」といった言い回しは、定型があり、それを知っていれば、耳で聞いてもわかる。

 英語だって、ラジオで聴いてわかるようになったのは、そういう定型にのっとったきちんとした標準英語をしゃべってくれるBBCやNPRなどの公共放送で、AMのトークショーのたぐいもアプリで聴けるが、やはり何割かしかわからないことが多い。まして映画やドラマは、完全にお手上げのことも。

 とまれ、ロシアのテレビのロシア語を理解するには、現地に五年は住まなければならないというのなら、ならば自分がその域に達しないのは仕方ないと安堵していいのかどうなのか。

 大学院に進学するとき、あそこはロシア人の先生もいるし、環境もいいから、と励まされて送り出された。文学部の院だったけれど、ロシア語をうんと鍛えて、ロシアウォッチャーのような存在になるのも悪くないな、と素人考えをしていた。

 その道に行けなかったのは、まあ、あれだ、英語の教員免許の取得のことで誤解していて、免許法が変わっていて、すでにほとんど単位を取っているつもりが、要するに大幅なとり直しを求められて…ということもあるのだが、それは言っても詮のない話だ。

 大学院入りたてくらいで、専攻語学に絶対の自信を持っている人というのはそんなに多くないだろう。自分なんかまだまだだ、と感じている者が多いはずだ。そうして、ある時期、ほんとこのままじゃダメだ、とひしひし実感し、何か方法を見つけて、徹底的な鍛え直しをやる。

 自分の場合、その方法というのがわからず、ずっと来てしまったというのはある。そして、〈その方法〉も人によりさまざまでありうるだろう。自分の場合それは、先日来書いている新聞、だったりする。 だから、何か定期刊行物を取りたい、英語であれロシア語であれ、といつも思うのだ。


冬の駅0  小柳ルミ子