俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

ショナ族のムビーラ~ぼくは過酷な外地勤務の経験がない

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「ロシア語はいいな。そういう尊敬できる先輩がいて」

「英語はそうじゃないのか」

「外務本省で1年間研修してよくわかったけれど、英語の専門職員はキャリアが行きたがらないアフリカ要員だ。英語がいくら上達しても、総理通訳のようなおいしい仕事はみんなキャリアが持って行く。それだから、英語の専門職員は10年も経つとひどくいじけてくる。外務省の募集要項に書いてある語学や地域に関する高度な専門家の養成というのは、少なくとも英語とフランス語に関しては嘘だ。この組織にいると、自分の将来の可能性を潰してしまうと僕は思う。[…]

 

プラハの憂鬱

プラハの憂鬱

 

  著者が専門職[ノンキャリア]として外務省入省後、イギリスの陸軍語学学校でロシア語研修中、同じイギリスの某大学で英語を研修中の同期職員から、オレ、辞表を出したよ、と告げられる話。自分がいた組織の内実をばらすような本は、まあ決して読んでいて面白おかしいもんじゃないが、語学がなまじ出来ても他人の出世の踏み台にされる、というのならそこらじゅうの組織にいくらでもあり、さもありなんという話ではある。

 専門調査員 overseas reseacher という学者ワクで大使館勤務、という例は何人か知っているような気はするが、少数の例外をのぞけば、あんま楽しいことばかりでもなさそうだ。少なくとも羸弱な自分には、たとえ機会があったとしても、勤まらなかっただろうな、と。

 それにしても、キャリアが行きたがらないアフリカ要員、というところの身もふたもなさ。『ミュージック・マガジン』のアフリカ音楽の記事や『ブラック・ミュージック・リヴュー』を読んでいた自分なら…と思わなくもないが、やっぱ無理だったろうな。

 いつだったか、近所に、アフリカ人のお兄さんが民芸品を売りに来ていたことがあって。フェラ・クティの話をして、一番安いムビーラを買った。親指ピアノ。空き缶に鉄片がはさんであって、ペンペンはじく奴。アフリカの人たちの手にかかったら、たったこれだけのもので、かつて北中正和さんが言ったとおり、テクノポップに負けない精妙な音楽を奏でられる。ぼくは、音楽の趣味から言ったら、ショスタコーヴィチとかじゃない、そっち系統なんだよ。外務省職員がそんなに行きたがらないなら、二〇代の血気盛んなころのぼくが行きたかった気は若干するわなあ。だから無理だっての。


Erica Azim - "Mwanangu"