店の名はライフ
亡命作家の多くが十分に自在に外国語を習得できず、その言語で難なく書いたり、その土地の文学を読めたりしなかったというのは、一見すると不思議なことに思える。たしかに、バイリンガルのシーリンーナボコ(彼の第二言語となったのは英語)やフランス語に完全に熟達したヴェイドレのようなずば抜けた例外もあった。しかしそのナボコフですら、この場合はポーズなのかもしれないとはいえ、ベルリンに十年暮らしながら、ドイツ語はものにならず、ドイツ文学を十分身近に知ることはなかったと言っているのだ。
Russia Abroad: A Cultural History of the Russian Emigration, 1919-1939
- 作者: Marc Raeff
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand
- 発売日: 1990/04/19
- メディア: ハードカバー
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学会はもう一週間前の過去のこと。出番が終わって、司会の先生がたに挨拶をして、聴きに来てくれた恩師と情報交換をして、廊下に出たらがらんとしていて、そういえば学会の二日目の午後って、もう帰ってしまう人らもいるし、いつもこんなしんと寂しいものなんだったんだっけ、と思いつつ、でも一応の義務は果たした、と安堵感があった。
メインのシンポジアが二つおこなわれている時間帯の裏番組だったのは、諸事情からして仕方ない。小さな研究会と変わらない規模になって、かえって自分にはよかった。ほとんどハンドアウトを見ながらしゃべったので、会場にだれがいたかはしかとわからないのだが、見間違いかもしれないが、気になって様子を見に来てくれた人もいたのだろうか。
洋書屋さんの出張の会場は覗いたけれど、ゴーリキーの書簡集、予想以上に高く、買えなくてもどした。ゴーリキーに関しては、数年前古本で買った選集を読むことが先だ。いきなり高度なものは読めないし、書けもしない。もう焦ることはないので、ゆっくりゆっくりだ。
いつかのこんな冬の始まりの日曜日を憶えている。あの頃は数年間だけ、ノートを取りながら原書を読む暮らしができていた。書庫で眠っているノートやメモやコピー。いずれ箱を開けて取り出して、何かにしたい。
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二年前の今日は、大岡昇平『成城だより』を引いてエントリーを書いていた。ずいぶん昔のような気がするが、まだたった二年前。『成城だより』は、大岡氏の1980年ごろの身辺雑記で、中島みゆきはなかなか悪くない、といったことが書かれていて、その中に「店の名はライフ」という曲の名が出てくるのだが、今の今まで聴いたことがなかったのだった。動画を貼っておく。
店の名はライフ