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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

牛肉と馬鈴薯~嗚呼すすきの

「[…]岡本君はお幾歳[いくつ]か知らんが、ぼくが同志社を出たのは二十二でした。十三年も昔なんです。それはお目にかけたいほど熱心な馬鈴薯党でしたがね、学校に居る時分から僕は北海道と聞くと、ぞくぞくするほど惚れて居たもんで、清教徒[ピュウリタン]を以って任じて居たのだから堪らない!」

 

「断然この汚[けが]れたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」

 

そしてやたらに北海道の話を聞いて歩いたもんだ。伝道師の中に北海道へ往って来たという者があると直ぐ話を聴きに出かけましたよ。ところが又先方は甘[うま]いことを話して聞かすんです。やれ自然がどうだの、石狩川は洋々とした流れだの、見渡す限り森又た森だの、堪ったもんじゃアない! 僕は全然[すっかり]まいッちまいました。[…]

 

 

牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))

牛肉と馬鈴薯・酒中日記 (新潮文庫 (く-1-2))

 

 

 いろいろ面白い。ひとつは北海道を(ロシアというより)アメリカに擬し、過度に理想化して熱を上げる上のような場面があるから。上のような語り口には、すでにその後現実と直面して失望することが前提されているわけで、失望しても他に行き場がなく居残らざるを得なかった父祖をもつ北海道在住者としては、ここのところは読んでいて なかなかに複雑なのである。これを語っている人物は実際に入植をして数か月で挫折、という語りになっているが、逃げて帰れる故地のある人はまだ恵まれていたんじゃないか。

 あと、冬の理想化ということがある。

「ちょっとお話の途中ですが、貴様[あなた]はその『冬』という音にかぶれやアしませんでしたか?」[…]

「貴様[あなた]はどうしてそれを御存知です、これは面白い!有繋[さすが]貴様は馬鈴薯党だ!何だかその冬則ち自由というような気がしましてねエ! それに僕は例の熱心なるアーメンでしょうクリスマス万歳の仲間でしょう、クリスマスが来るとどうしても雪がイヤという程降って、軒から棒のような氷柱が下がっていないと嘘のようでしてねエ。だから僕は北海道の冬というよりか冬則ち北海道という感があったのです。[…]

 この、冬=自由=北海道という等式。その幾分かは、現にここ北海道に住む人間にとっても正しいともいえるし、むろんそんな単純なものじゃないぜという面もあるし、しかしこの場合は、手あかのついた言葉ながら〈表象〉としての北海道が問題で、しかもその表象は、「だから馬鈴薯には懲々したというんです」という形で、この作品内ですでに破たんしているのである。

 他にも読みどころはあって、それは明日以降拾っておく。しかし、この分野の研究文献の蓄積は、何を読めば出ているのかね。小学校の高学年以来ずっと気になっていた国木田独歩を、ようやく読んでいる今。

 先日の札幌でお世話になった若い先生の一人は、同志社大の所属だった。足を向けて寝られない。


スマイレージ『嗚呼 すすきの』 (S/mileage[Oh Susukino]) (Promotion edit)