俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

目覚めた時には晴れていた~冬学期、自主的に継続中

  ついでにいうと、第二次世界大戦後から今日に至るまで、「教養」のイメージは決してよいものではありません。それは、「教養」とは「高踏的な知識」であり、つまりは無駄なものだ、とみなされてきたからです。ちなみに、そのことを象徴していたのが、一九九〇年代に全国の大学で進められた「教養部」の廃止です。

 

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

歴史学ってなんだ? (PHP新書)

 

  冬の足音。道北は明日、積雪があるかもしれないとか。

 夏の終わりに大学ノートの4冊パックを二つぐらい買って来たんだけれど、この冬、語学の復習がけっこう山なんじゃないかという気がして、ネットでさらに類似の4冊パックを二つ注文、すでに数冊使ったので、さらにもうひとパック買ってきた。

 ロシア語専門書店から、週刊の新聞の定期購読の期限切れの通知。今年も結局、後回しにして読まないまま過ぎて今日に至っている。今年読めなかった外国語の新聞が来年は読めると考えるべき理由は少ないので、今回はもう代金を払い込まず、中止したほうがよいだろう。ネットで読めるニュースを活用しよう、と思う。

 ところが一方では、週刊ではなく、思い切ってロシアの日刊紙を紙で(20年ぶりくらいに)とってみようかと考えることもあるから困るのだ。時事ロシア語への、いっときの、いながらにしての、完全な没入。かつてとっていた時は余裕がなくて読めなかったが、半年ぐらい、それに取りかかってみたい気がする。

 今来ている案内は、すぐ払い込めば割引が受けられる、というのも悩むところで、止めるのは簡単だが、いざ読みたくなったときは、高い交通費を出して、札幌の大学まで出かけて行かなくてはそういうものを読む機会はない(ネット全盛で、もう、その種の購読はだいぶ縮小されているかもしれないが)。

 とにかくここしばらくは、ネットで読める通信社の記事から毎日4,5行書き抜くという、大学院生か駆け出しの通訳のようなことをやっている。これを最低一か月は続け、時事ロシア語のノートを一冊作るべき時だ。それと単語集を徹底的にやる、と今時点でのぼく自身のための冬学期の計画。ロシア語に関しては、読解から作文へ、という語学習得の王道コースをきちんとこなしていないままだ。あの時、あの通訳の現場で、こう言うべきだったのか、という発見もあって、冷や汗をかいたり。

 で、こういう時は、ノートを作る、という表現がしっくりくる。勉強してる感じがする。

 ところで、伝書鳩、というフォークグループがかつてあった、というのを思い出した。いや、グループ名はいいんだけれど、彼らの「目覚めた時には晴れていた」が、ぼくの子供時代の思い出の大事な部分を形作っている。たしか、浅丘ルリ子主演の不思議な題名のドラマの主題歌、だったんじゃないだろうか。青春前期、というか思春期、というか、自我に目覚めたばかりの少年少女にもわかる甘ったるいおセンチさ。気がつけば、今でも、ぼくの情動はその時おぼえたパラダイムを反復しているに過ぎないともいえる。その意味で、ほとんど決定的な曲。


『目覚めた時には晴れていた』伝書鳩