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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

オール・オブ・ミー

「言わせてくれ。ずっと昔には、女は確かにいた。昔の作家は、女について語り、女の中で最も素晴らしいのはパリジェンヌだとさえ言っていた。古い本や、当時の印刷物によると、世界じゅうで最も魅惑的だったようだ。パリジェンヌは、完璧な悪徳と、悪徳に満ちた完璧さを備えていた。だが血統は細り、パリジェンヌという種は滅んでいった。生理学者たちは、嘆かわしい衰退ぶりだと言っている。君は毛虫が蝶になるところを見たことがあるかい」

「ああ」[…]

「その反対なんだよ。蝶が毛虫に戻ったのさ。魅力たっぷりの仕種、すばらしい体、やさしくて知的なまなざし、愛嬌のある微笑み、引き締まった、ほどよい肉付き。それがパリジェンヌだった。だが、やがて体はやせ細り[…]

 

 

20世紀のパリ

20世紀のパリ

 
二十世紀のパリ

二十世紀のパリ

 

  十九世紀半ば(1863年)に書かれ、草稿のままずっと眠っていたというヴェルヌのこれは、洞察やひらめきに満ちた、素晴らしい小説だ。ヴェルヌの想像/創造する二十世紀では経済と産業が社会を支配し、音楽も文学も時代遅れになっている。

 女性の優雅さすら過去のものとなり…という一節。快適な都市生活は洗練された性生活を裏面としてともなっていて、そのことが「パリジェンヌは、完璧な悪徳と、悪徳に満ちた完璧さを備えていた」と表現されているんだろうな。

 外国語とこっち方面の関係というのはよくわからんが、自分ももしフランス語が読めたら、まっさきにサドやバタイユや、もっと俗悪な風俗小説を買いそろえて読むだろう。

 ロシアでも、仏文のこっち方面に影響されたヴィクトル・エロフェーエフという作家がいたはずだが、研究費で買った原書はもう勤務先に返却してしまって、よくわからない。私費で買ったのが一冊くらいあったかもしれないが。

 ヴェルヌのような、子供も読むような作家の作品にこんな一節が出てくるのはびっくりだが、この作品は未発表のもので、特殊なのかもしれない。

 ぼくが読んだのは菊池有子さんという人の訳、とても読みやすかった。もう一方は未見。買ってもいいが、借りて読んだ。必要ならまた借りに行くが。

 来週また少し暖かい日があるが、そのあとガクンと寒くなり、もう初冬だ。冬ごもり…セルジオ・メンデスとかジプシースイングとか聴きながら、閉じこもりきりの冬のことを考える。もっと暖かいところへ住みたいが、ここに家があるのはしょうがない。こんな大量の本を置ける家など、札幌なりどこか本州の都会なりで借りたら、一体いくらかかるか。


"All of me" - Bireli Lagrene Gypsy Jazz Trio - XXII Festiwal Jazz na Starówce 2016