俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

ムーンライト・レディ

渡邊先生は読書家でかつ蔵書家である。一九八一年時点で一万冊近い蔵書をもっていた。「本は迷ったら買え」というのが渡邊先生のモットーだった。ロシア語のみならず、英語、フランス語とポーランド語を解する。辞書を使って解読するならば、ドイツ語、チェコ語でも専門論文を読む。ロシア語の書籍でもソ連時代になってモスクワ、レニングラードで出版されたものだけでなく、帝政ロシア時代の本や、現代の書物でもパリのYMCA出版、フランクフルト・アム・マインの『ポーセフ(種)』社、ブラッセルの『ジーズニ・ス・ボーゴム(神と一緒の生活)』社から出た反共系のロシア語書籍も多数ある。私が「どこでこういった本を手に入れるのか」と尋ねると、西側で出た反共系出版社のロシア語文献はソ連・東欧書を扱う「ナウカ」「日ソ図書」を通じて入手できるし、帝政ロシア時代の書籍は東京の高円寺駅前の「都丸書店」で買うことができるという。これらの書店を通じて、渡邊先生は十九世紀ロシアの革命思想、保守思想双方の書籍を丹念に集めていた。[…]

 

私のマルクス (文春文庫)

私のマルクス (文春文庫)

 

  渡辺雅司教授のことがくわしく書かれていて、おっとなる。

 ぼくが教わった先生がたもみな大先生だが、一万冊も本を持っていた人はいるだろうか。

 本の買い方を詳しく教えてもらったことも、実はぼくはなくて、ナウカ、日ソのほか、人づてに聞いたパリのロシア書店からしばらくいろいろ買っていた。

 今はネット通販でロシアの本も買えてしまう。昔みたいな、探していた本にやっと巡り合う喜びは、今はあまりないかもしれない。

 ぼくは文学の専攻になってしまったけれど、思想史というものにはずっと興味があって、ここに書かれているような系統の本には今でも知的な食欲をそそられる。

 この本でも渡辺教授が論文を書けなくなって沈黙してしまう話が出てくるが、ぼくなんかは逆に、思想史だったらバンバン書けそうな気がする。が、これは岡目八目だろう。ぼくも書けなくなった口ではある。

 むかしは、論文の本数はそれほどでもないがあの人はよく勉強している、というのもありだった。今は「が」という接続詞の前と後が入れ替わって言われてしまう。本当に書きたいことがないのに書くのは不誠実だ、というもっともな理由も、今は誰も耳を貸さない。

 なんにせよ八〇年代初めの話。今とは、何もかもが違っていただろう。このころのことをいつまでも念頭に置いていると、いろいろ間違いが起きる。ここに書かれている渡邊教授のような悠々たる思想家/読書家が、今の大学のしくみのなかで自由に呼吸しうるだろうか。

 佐藤氏にしても、アカデミズムへの転出も考えた、ということをたびたび書いているが、たしか『獄中記』で、いつしかその方向への意欲がなくなってしまったことを告白している。作家で成功されているのだから、結果それでよいのではないか。

 夏が終わったのに、ハワイアンなんか聴いている。


The Gabby Pahinui Hawaiian Band - Moonlight lady