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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

シーサイド慕情

  中学校の英語の教科書で使われている単語数はきわめて限られている。ところが、高校に行くと、英文解釈の教科書に出てくる単語数が急増する。大学入試に出る英文の語彙は、それとはまた少し傾向が違っていて、それがまたわからないものだらけである。大学に入って「これでもう英語を勉強しないで済む」などと喜んでいたりすると、社会に出たら今度は最先端の情報技術や金融やらの実務文書に出てくる英語がさっぱりわからない。かくして、英語ができないというコンプレックスに苛まれる人が量産されるという悪循環が繰り返される。

 

英語屋さんの虎ノ巻 (集英社新書)

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  高校になると、必要とされる英語の語彙数が、とつじょ、何の断りもなしに増えた、という実感を持つ人は多いだろう。ぼくもそうだ。

 これを克服するには何か、手っ取り早い方法があるに違いない。ただ、田舎にいると、それを誰も教えてくれない。そう考えてあせっていた。

 そうではなく、そんな焦りに身を焦がしている暇があったら、やさしい英文解釈の参考書を数冊買ってきて、とにかく読んだ方がいい。わからない単語は多いだろうが、数冊やっているうちに、同じ単語が何度かあらわれるのに気づくはずだ。それをノートなり、カードなりにまとめてゆく。

 ぼくがそんな体系的な勉強法を実践できていたわけではない。むしろ手っ取り早い解決法が見つからないことに頭をかきむしって、それで高校三年間は終わってしまった。

 大学は、経済学科というところに入った。ぼくは世間知らずだから、経済学科でも語学の勉強はできるだろう、とたかをくくっていた。それは半分は正しく、半分は間違っていた。

 半分は正しく、というのは、基本的に語学は独学でいけないということがないので、自主的な勉強は細々と自分の意志で続けることができたから。大人向けの英字新聞はとうてい読めなかったが、学生向けの、学習用の英字新聞をとって、読んでいた。あれで知った単語は実に多い。

 半分は間違っていた、というのは、やはり専門の学科できちんと学ぶような満足感や達成感はなかったから。大学へ入ったら英語を勉強しなくて済む、などと考える人たちがまわりにいるのは別にかまわなかったが、自分はそうではなかったし、そうすると、語学への憧れや渇きは簡単にいやすすべがないのだった。

 ESSのようなサークルはあることはあったのだろうか? しかし、サークルのたぐいが苦手なぼくは、そういうものに飛び込むこともできなかったし、ひとりで悩むのが関の山だった。

  そうだ英検。たしか二級の問題集は買ってきてやっていた。ただ、受けなかったのだな。友だちは受けて、受かったと言っていた。

 あとになって二度目に大学へ進んだ時は準一級が設けられるようになっていて、それは受かった。ただ、そのときは二次を一回落されて、二回目の二次受験の時の面接官がいいひとで、「今後、一級も受けるか?」と訊いてきたので、「もちろん受けます」と答えて、「ならば今回はまあ…」という感じで、ようやく受かった感じだった。じっさいに一級を受けるのはずっとずっと後のことで、準一級のころ(20代後半)は、一級の語彙問題なんか、絶壁をあおぎ見るように難解に感じたものだったな。

 何の話だったっけ。そう、語彙は、急に増やそうと思ってもダメなんだ。コツコツ読み続ける過程で溜まっていくものをベースにするのがいちばんだ。そうしてあるとき、市販の単語集を買ったら、なんだ、案外知ってるものが多いな、となるのが望ましい。

 あとまたあらためて書く。

 嵯峨聖子は、シングル持ってた。この曲のことは、近田春夫さんが『ポパイ』に書いていたはず。こっち方面は、熱心に研究していた。

 


嵯峨聖子 シーサイド慕情