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俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

幕末の蘭学塾生の一〇〇の一の努力ということについて

 幕末から明治初期にかけての青年たちの勉強ぶりは、すさまじいものでした。福澤諭吉の『福翁自伝』には、適塾時代の勉強ぶりについての回想が記されています。ある日諭吉が風邪をこじらせて横になろうと思って枕を探したら、見つからない。よく考えたら、過去一年以上床に横になって寝たことがなかったことに気づいた(毎晩、勉強しながら机につっぷして寝ていたのです)。

 このような過激な勉強は、自己利益を増大させるためというような脆弱な動機では果たせません。死ぬほどに勉強して、欧米の先端的知識を血肉化して取り込み、一日もはやく日本を近代化する。そういう共同体の運命が自分の双肩にかかっているという使命感が、彼らにそのような勉強の仕方を強いたのです。

 

街場の共同体論

街場の共同体論

 

  いまどきの若い人にはまねできない、などと言うつもりはなく、ぼく自身だってこんなすさまじい勉強はしたことがない。若い人が、そこまでして勉強することないや…と思うのは仕方のないこと、ではあるのだ。

 それでも、この五〇分の一、いや一〇〇分の一くらいの勉強なら、意志の力で持って行けないことはない、と思うがどうだろう。それができたら、外国語の中級の上くらいまではスーッと入っていける。

 語学の自習書を一冊通して勉強することを、むかしの先生は「『~』をあげた」と言っていたらしいのだけれど、伝説のケーギやマクミランといった(ドイツ語、英語で書かれた)ギリシア語ラテン語の分厚い教科書ではなくて、ふつうに日本の本屋で売っている『~語入門』というふうな自習書なら、べつに共同体の運命が肩にかかっていなくても、好奇心だけで「あげる」ことができるよ。

 そして、そういう学生が百人のうちに二、三人いるだけで、大学という場所も、幕末の蘭学塾ほどじゃないにしても、ほんの少し学問所らしくなる。定期試験のレベルが幼稚に見え、つねにその先を求め、周囲の学生に「すげ~」と言われるようなちょっと変わった自然発生的な語学徒が、ほんの数人いるだけで。

 それは「自己利益の増大」とはむしろ反することだ。遊んですごせば楽しい時間を、動詞の変化を覚えたり、例文を音読する、といった辛苦の投入に費やすんだから。

 でもその先に、すごい世界が見えてくる。いくら大枚をはたいても買うことのできない、〈異言語がわかる〉という、目もくらむような体験。いや、だから100人のうちに、2,3人でいいんだ。「〇〇語ってすごいぜ」と語れる、そんな変わり種。

 ぼくはもう大学という場所にはおおむね縁がないけれど、これはもう性なのかもな、今でも毎日毎日、そんなことを夢見ている。


セシルはセシル/早瀬優香子