乙女座宮
彼の社会思想史はスラヴ主義思想とのつながりをもち、かつ文学史的色彩が強いのであって、より西欧主義的、社会科学的な、あるいは普遍的な方法論を主張するプレハーノフのそれとは大きく異なる。その相違はロシア語の問題にかかわる。すなわち『ロシア社会思想史История русской общественной мысли』の「社会の」という形容詞(男性単数形で общественный )は名詞オープシチェストヴォと同根である。オープシチェストヴォはギリシア語の「コイノニア」を語源とし、今日一般に「社会」と訳されるが、革命前には「一国の教養ある、進歩的な人々の層。インテリゲンツィヤ」の意味をもっていた。たとえば一八六〇年代の檄文にはそのような用例がしばしば見られ、たんに「社会」と訳したのでは不十分であることが指摘されている。ましてこの場合、「上流社会」の意味でもない。一九世紀ロシア・インテリゲンツィヤの伝統の継承者である彼は、この言葉をスラヴ派の思想家イヴァン・アクサーコフ(一八二三-八六)から、今世紀初頭の時点で修正を加えつつ、継承している。
ロシア・インテリゲンツィヤ史―イヴァーノフ・ラズームニクと「カラマーゾフの問い」
- 作者: 松原広志
- 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
- 発売日: 1989/04
- メディア: 単行本
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これ、ここらあたり。ロシア社会思想史はロシア・インテリゲンツィヤ史であり、ロシアの意識の歴史である、という成り立ち方。そしてこの本にはそうはっきりと書いてはいないけれど、「インテリゲンツィヤ」はたんなる西欧的な意味での「インテリ」=都市の知識人(sophisticated cosmopolitan)ではないのだ、という構え。いやこの本にも、「マハエフシチナ」という思想が紹介され、批判がくわえられている。「マハエフシチナ」によれば「知識は生産手段であり、インテリゲンツィヤは知識を独占する特殊な階級、剰余価値の独占者、すなわち搾取階級である」ということになって、それは成り立たんのだ、とまとめられているのだけれど、これなど、ともすれば〈快適な都市生活の享受者〉である西欧的な「インテリ」像はロシアの「インテリゲンツィヤ」には当てはまらないのだ、と言っているようにも取れたり。ロシアでは社会思想史は文学史なのだ、との記述もある。この本の前半、再読せねば。
ノンアル飲料を求めて外出。向こう一週間寒気が居座る。でも、9月の頭から冬ごもりを考えてきたのだから、もう冬も半ばを過ぎたと思いたい。