俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

キャバレー

私は文学、音楽、その他の諸芸術、哲学的議論、等々の古典とはわれわれを「読む」表現形式の謂であると定義づける。われわれがそれを読む(聞く、感じる)よりも、それがわれわれを読む。この定義に曖昧性はおろか、逆説的なものは何もない。取り組むたびに古典は、「理解したか?」「責任をもって再想像したか?」「君は私の問いかけと、変貌し豊かになった存在の可能性に基づいて行動する用意があるか?」と問いかける。

 

G.スタイナー自伝

G.スタイナー自伝

 

 

  うん、たとえば、このところルイ・アームストロングとかキング・クリムゾンとか、そんなものを聴いて、今までオレはこういうCDの何を聴いてきたんだろう、というほどの強いショックを受けているんですが、どんな音楽でも、聴いて、あー楽しかった、日常に戻ろう、というもんじゃないと思うんだ。自分の中の何かが変わる。それがあってこそのサッチモであり、クリムゾンだと思うんだ。サッチモとクリムゾンという、この取り合わせも、まあたまたまにすぎないんだけど、やがて、この秋この両者を聴き狂ったという体験は、必然に転ずるんじゃないか。

 強い風。落ち葉。落日。気温15度。サッチモが「キャバレー」を唄っています。


Louis Armstrong - Cabaret - YouTube

 

 

本に読まれて (中公文庫)

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夢に見られて―ロシア・ポーランドの幻想文学