俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

Love Is Here To Stay

その後、Iは北海道で、成人のための遊興施設──つまりナイトクラブのマネージャーをしていたことがある。社会からはみ出していたい、昼よりは夜、光よりは闇を選びたいとする彼の性向と、生来の社交性があいまって、彼の職業人としての評価は非常に高かったという。 網走や北見といった辺境の地を、命じられるままにクラブのチェーン店の店から店へと渡り歩く彼の生活に、私たちはどのような言葉を与えるべきなのか。充実した生活者としての像を私たちはそこへ結べばよいのだろうか。あるいは、時代と社会に幻滅した一人の絶望者の姿を、見るべきなのか。私にはわからない。何故なら、私には無い資質をあまりにもIは持ちすぎているから。彼の社交性と、恵まれた生活能力を、私は全く欠いている。そのことを私はどうしようもないし、彼もまた、あまりに早くからありあまるほどに持ち過ぎたそれらの能力を、どうすることもできなかったのだ。((人名をイニシャルに変更)

 

 

歌を忘れたカナリヤは、うしろの山へ捨てましょか

歌を忘れたカナリヤは、うしろの山へ捨てましょか

 

  こんなところにも、辺境=半植民地としての北海道の面影。無名の学生詩人の群像劇としての同書の中に、ほとんど唐突に登場する地名たち。そこがノクターナルな土地柄として描かれていることが印象的。逆説的な言い方だけど、新宿って、北見に似てるんじゃないか。

 眠れぬ夜。ブルーズや、サッチモを聴きながら、起きてます。体は疲れているけれど、不思議な高揚と、至福感。


Louis Armstrong / Ella Fitzgerald / Love Is Here To ...

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