Alpha
入学式の朝、式を終えた私たちは教室に誘導され、真新しい名札の貼られた席に着席した。今でも、その時の情景はありありと脳裡に思い浮かべることができる。私はそのとき、頭に帽子をかぶったまま着席していたのだ。それに気づいた母が背後から、「真ちゃん、帽子を取らないといかんよ」と呼びかけた。私は慌てて帽子を取り、「はい」と返事をしようとして後ろを振り返った。その瞬間、すぐ後ろの席の子供と眼が合ってしまったのだった。彼は、私がまだ経験したことのない、ぞっとするほど冷たい、刺すような眼差しで私を見た。「はい」という私の返事は、声にならないままで凍り付いた。そして…
そして、それ以来、私は小学校の中では一言も口をきくことのできない、青ざめた人形のような少年になってしまったのである。小学校にいた六年間、校門をくぐったが最後、私はどのように努力しても声を出すことができなかった。言葉というものを、私は失ってしまったのである。学校緘黙症 (かんもくしょう)。それが私に対して、精神医学が与えた診断だった。
いつかの夏、さかんに読んだ本。
読みごたえが圧倒的で、さすが詩人の書く日本語は違うなと思い、自分もこんな日本語をいつも書いていたいと思うようにもなった覚えが。
一色真理氏の名は「しんり」。男性です。男に生まれてこの名をつけられるというジェンダーと固有名とのねじれが、この本の序盤の一つのテーマです。
それにしても、この人も早稲田の露文だ。でもロシア文学というより、早稲田という学校の文学的伝統が、この人を育てたのか。
この本を買ったのはあれだ、札幌だ。北21条にまだスガヤさんが店を構えていたころ。アレクサンドル・グリーン『輝く世界』の自分にとっての二冊目を買ったのもあそこだったな。ネット販売で頑張っているうわさは聞くけど、年に数回札幌へ出て、あそこの前を通っても古本屋じゃないのは寂しいなあ。