俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

On the Beach

まず第一に、語学の学習に際して、教科書と自習書の区別をしっかりと立てておかなければならない。教科書とは学校なり講習会で教師の指導の下で使う本のことで、教師が説明すれば済むことは書いてある必要はない。また、作文にも解答はいらない。しかし自習書は、あがっているテキストを読むために必要なすべての情報がそこになければならず、作文には正しい解答がついていなければその機能は果たせない。しかし実際には、この二つが区別されている例はそう多くはなく、その外国語を学ぶのに教師が得られないことも考慮されて、自習書と教科書を兼ねているケースも少なくない。特に珍しい語学の場合では、このケースの方が普通である。また、大学なり講習会での持ち時間が少ないため、教科書のかわりに自習書を使うということもよくある。

 

 

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

外国語上達法 (岩波新書 黄版 329)

 

  もうロシア語を教える現場を離れてずいぶん経つんですが、教壇に立つことのない今でも、気がつくと「どうすればうまく教えられるか」ということを考えています。

 今になってああすればよかったと思うのは、上記の分類法による「教科書」ではなく、「自習書」を使えばよかった、ということ。それも自習書なら何でもいいというわけでなく、森安達也先生の『ロシア語速修コース』、あれをぜひ使いたかった。

 一課ごとに短い会話テクストで文法の習得をすすめていくタイプの本で、それだったら同じ白水社のエクスプレスというシリーズがあるでしょう、という声も上がりそうですが、森安先生のあれ、市民向けのサークルで使って、すごく使いやすかったんですね。なかには勢いがついて自分でどんどん予習して一冊やり終えてしまう人たちが出てきて、それなのですよ、大学でぼくが学生に望んでいたことは。

 「文法の一本道」という言葉はドイツ語関係者が使う言葉だと思うんですが、森安先生のあれはまさにそんな感じでした。うすい本だし、語彙も少ないし、文法といっても枝葉のことは書いてません。でもあれをとにかく最後までやりきれば、先が見えてくる。あとやるべきは、他の自習書を使うなりして形動詞、副動詞(英語の分詞構文に当たるもの)まではわかるようにする。また、やさしい読み物を読み、また市販の単語集を併用しつつ、語彙を増やす。これだけやれば、新聞記事や科学論文を読むとっかかりはつかめます。

 なにも十九世紀末の象徴派の散文や、現代のポストモダン小説を読もうというんじゃないんです。これだけの労力で、ロシア語の新聞や科学読み物が読めるようになるというのなら、けっこうリーズナブルな話じゃないだろうか。理系なり社会科学系の若い人が、ロシア語を使えるように。第二外国語の教師として、それを目指していました。何か専門を持った人が語学もそこそこ使えれば、鬼に金棒です。文学部の露文の院生がロシア語使えたって別にあたりまえなんですから。

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 現実には、第二外国語の習得はなにかとりつくしまのない無理難題のように言われ、ひどく嫌われていました。どこの大学でもそうなのだろうか。(追記:そう思われていた理由の一つが、少し興味が出てきても、「教科書」では自主的な予習ができない、という点にあったのではないのか)。

 白水社には二度くらい照会しましたが、森安先生のあの本は、部数もあまり売れず、著者も亡くなられたので、再版の予定はない、とのことでした。残念。あれを教科書にして、「これ一冊を徹底的にやるよ」「自分で最後までやった人はその時点で成績をつけてもいいよ」と達成度を明確にしていたら、もう少し違ったんじゃないだろうか。

 いまさら仕方ないですが、メモ代わりに。

 

 

ロシア語速修コース (<テキスト>)

ロシア語速修コース (<テキスト>)

 

 

 


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