俺にはブルーズを歌う権利なんかない

どこにも所属を持たず仕事/勉強/読書を続けています。2008年、音楽についてメモ代わりに書くためにこのブログを始めました。

星空のピアニスト

「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物質的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいい。なんだあの様は。馴染の芸者がはいってくると、入れ代わりに席を外して、逃げるなんて、どこまでも人を誤魔化す気だから気に食わない。そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟(けむ)に捲くつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。まったく御殿女中の生まれ変わりか何かだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島のかげまかもしれない」

「湯島のかげまた何だ」

「なんでも男らしくないもんだろう。──君そこのところはまだ煮えていないぜ[…]

 

坊っちゃん (新潮文庫)

坊っちゃん (新潮文庫)

 

   昔、小貫信昭さんという音楽評論家がいろいろ面白いことを書いていて好きだったのですが、あるとき小貫さん、「リチャード・嫌いだあマン」と書いていて。その気持ちはとてもよくわかるんですが、ぼくは案外こういうの好きだったりするから。

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 ひとがあからさまに何かを否定している時って、額面通り受け取っていい時と、そうでない時がある。その激しい否定がフロイト精神分析でいう「抵抗」のあらわれであって、そのひとの無意識は逆におおいにその何かに焦がれている、というときがある。

 文学士・赤シャツがまるで東京帝大英文科卒の漱石自身のようだというのはよく言われること。その自身の似姿としての赤シャツを全否定するとき、きまって卑怯未練な文学趣味の代名詞のように現れる「露西亜文学」の影。

 弟子の芥川が英語を介してロシアのものをたくさん読んでいたらしい、というのはよく聞きますが、師の漱石のほうはどうだったのか。

 ところで小貫さんも、あんがい「星空のピアニスト」が好きだったりしたんじゃないのか。こういうきれいなメロディがさ。いつか(三十何年前)「クロスオーバー・イレブン」でこれが流れた夜、鮮明に憶えてる…


星空のピアニスト Lyphard Melody-Richard Clayderman - YouTube

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